第18話 夜とマリナと黒い嵐
そろそろカラスマ工房を出ようかと思っていた時のことだ。
『マリナからメッセージが届いています』
補助システムに教えられ、彼女からのメッセージを確認してみる。
:今どこに居るんすかー?
結構遅くまで工房に居たからな。現在地を彼女に伝えるとまた新しいメッセージが届く。
:迎えに行きますね。待っていてください
そこまでしてもらわなくても良いんだけどな。とは思いつつ彼女の好意はそのまま受け取ることにした。もう少し、ここで彼女が来るのを待っておこう。
近くに座っていたカラスマさんに、もう少しここに居ると言った。彼女は嬉しそうな顔をして「ゆっくりしていってね」と応えてくれた。
「君と私で設計した人形。実際に作るなら準備にちょっと時間がかかるわ」
「やってください。時間はどのくらいかかりますか?」
「一週間ってところかな。あ、支払いはローンでも可能よ。ロックドラゴンのクリスタルがあるなら一括払いでも問題ないだろうけど」
「そうですね。念の為、ちょっとはダンジョンで加勢でおこうかと思います」
とりあえず、第二基地から続くダンジョンの二層の様子も見ておきたい。
しばらく世間話をしているうちに、工房へマリナがやって来た。彼女は「お待たせしました」と言っているが、結構良いタイミングで来てくれたと思う。丁度、話の区切りが良い感じのところだった。
「悪いな。一緒に帰ろうか」
「いえ、私も師匠に見てもらいたいものがあったっすから」
「見てもらいたいもの?」
「ええ、驚きますよ」
いったいなんだろうか。気になるが、ここで訊くのは野暮だな。彼女についていけば、すぐに分かるだろう。
「ではついてきてください。行きますよ」
「了解」
俺はマリナと共に工房を出る。工房の表までカラスマさんが見送ってくれた。手を振る彼女に俺とマリナは手を振り返す。そしてその場を後にした。
しばらく歩き、工房から離れた地点でのことだ。こっちは六十六番ガレージの方向ではないな。と考えていた時。
「師匠ってカラスマ姉さんみたいなお姉さんタイプの人が好きですよね?」
急にぶっ込んで来たな。別に聞かれて困るようなことではないが。
「そうだな。俺のタイプはああいう人だよ」
「ですよねえ」
マリナが寂しそうな顔をした。彼女の感情はともかくだ。俺は自信の感じていることを正直に話す。
「たぶん俺からカラスマさんへの思いは届かないよ」
「え」
「あの人が俺を見る目は、弟を見るような目だと思う。まあ、俺には兄妹が居ないから、実感のある話ではなくて、そう言う気がするって話なんだけどな」
「そう……なんですかね」
真剣に考えている様子のマリナを見るとなんだか可笑しかった。だから、彼女にはもう少し踏み込んだところまで話しても良い気がする。
「例えば、だ。俺の勘違いで無ければデイジーやヨツバから、俺は異性として意識されている」
「凄い自信ですね」
「ああ、そのことについては自信を持ってるよ。でだ。話を進めるとデイジーやヨツバから向けられている好意と、カラスマさんから向けられている好意は何かが違うんだ。それだけは俺にもはっきり分かるんだよ」
マリナが立ち止まった。彼女は少し悲しそうな顔をして、微笑んだ。俺も立ち止まって、彼女の笑みを見ていた。
「だから、師匠はカラスマ姉さんに思いが届くことはないと思ってるんですね」
「そうだよ。ちなみに君からの感情は憧れだと思ってる。とても純粋で綺麗な心を感じるよ。だからかな、君と会話をしていると楽しいんだ。誰よりね」
「おだてても何も出ませんよ」
「本心さ」
マリナは俺の顔をじっと見ていた。彼女はしばらく黙っていたが、やがて「なら」と言ってゆっくり歩き出す。
「私は師匠を楽しませてあげることができますね。剣を教えてもらって、私が返せるものはこの程度ですが」
「マリナにはこっちのことも色々教えてもらってる。助かってるよ」
「そうでした! 師匠にはこれから知ってもらいたいことがあるんです」
マリナは楽しそうに笑い「ついてきてください」と俺を急かした。
いったい何が待っているというのか、後ろをついていく俺に、彼女は「もうすぐですよ」と言うのだった。
第二基地を出て、俺たちはロックドラゴンの出現したポイントまでやって来ていた。辺りには掘り返された地面が荒れ放題になっている。
「こんなところにやって来て、何を見せるって言うんだ」
「師匠、今の時間を確認してください」
言われたとおりに現在の時間を確認してみた。現在は夜の十一時五十五分。日付が変わるまで五分といったところだ。
「十一時五十五分だ」
「丁度良いタイミングですね。五分待ちますよ」
「五分待つとどうなるんだ?」
「それはまた、五分後のお楽しみです」
やけにもったいぶるな。そんなにすごいものが見られるというのだろうか。黙って時が経つのを待つ。そして、五分後。ダンジョンに大きな変化が起こる。
ダンジョンは地下へ続く大穴の形になっている。その大穴から何かが上昇してくるような気配があった。
「何が起こると言うんだ!?」
「ダンジョンの日常ですかね」
異常な事態のように思えるが、マリナは落ち着いている。よく怖がったり驚いたりする彼女にしては妙に落ち着いている。ダンジョンの日常と言っていたし、俺だけが異常事態のように感じているだけで、実際にはそうではないのかもしれない。
そして、穴の底から黒い粒子が噴き出した。その一粒一粒は砂のようであり、灰のようでもある。粒子の量は非常に多く、風に舞うそれは黒い嵐と形容するほかなかった。
不思議なことが起こった。黒い嵐の中で、荒れていた地形が修復されていく。それだけではない。ダンジョンのあちこちに気配が現れていく。
「凄い嵐だ」
俺はマリナを見た。嵐の中で彼女は「凄いでしょう!」と叫んだ。嵐の中でお互いの声が届きにくくなっていた。
「ああ、凄いな。これはいったいなんだ!?」
「ダンジョンは毎晩、この時刻になると黒い嵐が起こるんです。その嵐が、ダンジョンを修復し、新たなモンスターを生み出すんです。圧巻ですよ」
「君が俺に見せたかったのはこれか!」
「ええ、ダンジョンの神秘ってやつですね!」
確かに凄い。そう感じる一方で、俺はこの嵐を起こす何かが大穴の底に潜んでいるのではないかと想像した。
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