第3話 「あなたがいないと寂しいから…」

 碧と再会の約束を交わしてから1年ほどが経った。



 僕は辿り着いた地で写真をカメラに収めていた。


 そして、仔猫が手紙を届けに現れる。



 碧との手紙のやり取りは続いている。これが僕のもう1つの楽しみになっていた。


 手紙を碧へ届け、僕へ碧からの手紙を届けてくれる何匹もの仔猫。この仔達が僕と碧との関係をより強固なものに紡いでくれている。



 もはや、碧とこの仔達は僕のパートナーのような存在になっていた。



 返事を書き終えた僕は仔猫に手紙とペンを預ける。


 仔猫は僕をじっと見つめた後、歩き出した。



 僕が仔猫の後姿を見つめていると、碧の顔が自然と浮かんできた。



 その時、僕にある決意ができた。



 

 いくつかの風景をカメラに収め、僕は次の地へと歩き出す。



 

 同じ頃。



 「どうしたんだい?碧ちゃん。空眺めて」


 「いえ…。きれいな青空だなあと思って」


 「確かになあ。どこか旅にでも出るには絶好の日だな」


 「私も旅をしてみたいんですけど、そういうわけにもいかないですから」


 「お店があるもんね」


 「ええ。それに…」


 「それに?」



 


 僕はふと空を眺める。澄み渡る青空が僕の目の映る。


 この青空はあの女性にも見えているだろうか。


 そのようなことを思い、1つ深呼吸をする。



 

 青空に浮かんでいるように見えるあの女性の顔に何かを誓うように、目を閉じる。


 そして目を開け、歩き出した。




 

 しばらく歩くと、1匹の仔猫が木陰で昼寝している姿が僕の目に映る。僕はバッグからカメラを取り出し、その姿をカメラに収める。



 可愛いな…!どんな夢を見てるのかな。



 仔猫はシャッター音を気にすることなく、気持ちよさそうに昼寝している。


 

  仔猫の寝姿を写真に収め、僕は道を進んだ。




 しばらく道を進むと、再び1匹の仔猫が木陰で昼寝している姿が僕の目に映る。



 この辺りは猫が多いのかな…。



 ふと思った僕。


 すると、仔猫が僕の気配に気付いたのか、ゆっくりと目を開ける。


 そして、こちらをじっと見つめる。


 僕の足は段々と仔猫に近付く。


 すると、仔猫はゆっくりと僕に近付く。



 あれ…。



 仔猫は僕の足元から10センチほど前の位置で座り、こちらを見つめる。



 「ニャア」



 仔猫の可愛らしい鳴き声が僕の耳に届く。


 

 手紙を届けてくれる仔猫と同様、首輪が付いている。

 


 僕がしゃがむと、仔猫は僕の左膝に右前足を乗せる。



 可愛い…!



 僕はカメラを取り出し、ボタンを押す。


 仔猫はシャッター音に驚くことなく、僕を見つめる。


  可愛らしい瞳は僕にかを伝えようとしているように見えた。



 それから間もなくして、仔猫は歩き出した。まるで、僕をどこかへ案内するかのように。


 僕は仔猫の背中を見つめながら道を進む。




 15分ほど歩いただろうか。その場所にはあの地で見た建物が聳え立つ。



 あれ…。



 外観も全く同じ。


 僕は偶然には思えなかった。



 仔猫はある方向へと僕を導いているのではないかとふと思った。




  僕は空にも届きそうな建物を下から上へと視線を動かしながら見る。


 


 あの地で見たものと一緒だ…。偶然とは思えない。この仔…。




 次の瞬間、仔猫が入口のドアの前に立つ。すると、ドアが開いた。

 

 中には誰もいない。



 ドアが開いた数秒後に仔猫は中へ。


 しかし、仔猫は奥へと進まず、入口から入ってすぐの場所で座る。


 そして、僕を見つめる。


 まるで、お客さんを招待するかのように。



 僕は頷き、中へ入る。


 

 僕の目の前に広がるのはどこか幻想的な空間。


 まるで、別世界へテレポートしたかのような気分。



 仔猫は僕を見つめる。



 「ここはどういう場所なの?」



 人間の言葉は恐らく猫には通じないが、僕は仔猫に尋ねる。


 すると仔猫は建物内に設置されているエレベータの前に座る。そして、ボタンを押そうと爪とぎをするようにボタンへと前足を伸ばす。


 僕はその姿を見て、エレベーターの上のボタンを押す。


 仔猫はお礼をするようにこちらを見つめる。



 しばらくしてドアが開く。


 僕は仔猫に続くようにエレベーターへ。


 中にはフロアのボタンがない。「開ける」と「閉じる」のボタンのみ。


 僕は「閉じる」のボタンを押す。それと同時にエレベーターが速いスピードで上昇を始める。


 僕は思わず、エレベーター内を見渡す。




 「最上階です」



 アナウンスとともにドアが開く。


 その瞬間、僕は夢か現実かと自身の目を疑う。



 あのお店だ…。



 暖かな空気とともに、やさしい風が僕の髪をなびかせる。



 あの地で営業するあのお店の外観がまるで現実のように僕の目の前に映る。


 

 無意識に周囲を見渡す僕。


 しかし、いるのは僕と仔猫だけ。



 次の瞬間。



 「ニャア」



 仔猫が誰かを呼ぶように鳴くと、お店の中から一人の女性が姿を現す。



 和服を身に纏った女性だった。



 そして、少し顔を俯えながら僕の目の前に姿を現す。



 「旅は順調ですか?」



 聞き覚えのある声。



 そして、顔を上げる。


 その瞬間、僕の鼓動が高鳴る。



 目の前にはあの女性の姿。


 女性は微笑みながらこちらへ歩み寄る。



 僕はその場に立ち尽くす。



 そして、女性が僕の数十センチ手前へ。



 無意識に赤くなる僕。



 女性は僕をじっと見つめる。


 その目は何かを待つような気持を表していた。



 次の瞬間、女性は僕の右手をやさしく両手で握る。


 更に僕の鼓動が高鳴る。



 しばらくの沈黙の後、女性は僕を見つめる。



 そして、やさしい唇がこう告げる。



 「旅を終えたら絶対戻ってきて下さいね?あなたがいないと寂しいから…」



 女性の声とともに、僕の目の前が真っ白に。



 僕は身動きがとれない。


 

 


 


 あれ…。



 気付くと、僕は建物の前に立っていた。


 右隣には仔猫の姿。



 1つ息をつき、空を眺める僕。



 夢だったのかな…。




 嬉しくもどこか残念そうな表情を浮かべる。



 しかし、僕の鼓動はあの空間の時よりも高鳴っていた。



 女性のあの言葉でより…。

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