仔猫が紡いだ恋

Wildvogel

第1話 碧さん

 僕は新庄勇也しんじょうゆうや。左肩に提げるバッグにカメラを携え、この世界を旅し、その地の魅力を発信している。



 僕はきれいな青空の下を歩く。



 「お腹空いたな…」



 ふと呟くと、僕の視線の先に1軒の茶屋が映る。


 道を進むと、看板が僕の目に飛び込む。



 -茶屋吉田-



 歴史が感じられる造りの茶屋だった。



 「ちょっと休憩していこう」



 僕は店先に設置された長椅子へと腰掛ける。長椅子の傍では、1匹の仔猫がひなたぼっこをしている。


 それから間もなくして、1人の女性が店内から姿を現した。



 「いらっしゃいませ」



 やさしい女性の声が僕の耳に届く。


 和服を身に纏った色白でショートヘアーの女性。


 彼女の姿を目にした瞬間、僕は一目惚れしてしまった。



 和服に付けられている名札には「吉田碧よしだみどり」の名が。



 碧はお茶を置き、僕にお品書きを丁寧に手渡す。僕はしばらくお品書きを眺めた後、みたらし団子を注文。そして、お茶を飲みながら到着を待った。



 僕は無意識に店内で団子作りをする碧の姿を見つめていた。



 10分ほどし、みたらし団子が到着した。碧はみたらし団子の皿を置くと軽く会釈をし、店内へ戻る。そして、鍋を火にかける。



 僕はみたらし団子を食べながら気持ちよい風を浴びる。そして時折、店内にいる碧の姿を見つめる。



 この時、僕は何を考えていたかは覚えていない。



 「ごちそうさまでした!」



 15分ほどし、僕は代金を支払い、立ち上がった。碧は「ありがとうございました」と言い、深々と頭を下げ、皿と湯呑を片付けた。



 碧にお礼を伝え、歩き出す僕。しばらくし、僕は振り向いた。すると、碧は皿と湯呑を持って僕を見つめていた。そして、笑みを浮かべて会釈をし、店内へと入った。


 僕は数秒間、その場から動けなかった。



 碧さんか…。



 そんなことを心の中で呟き、道を進んだ。



 みたらし団子、美味しかったな。それに…。


 この瞬間、僕の中にある感情が生まれた。



 その日以降、僕は茶屋吉田へ足を運んだ。



 「足を運んでいただいてありがとうございます」


 店へ訪れる僕に碧は笑顔で対応してくれた。僕はこの日、饅頭を注文。お茶を飲み、景色を眺めつつ、碧の姿を見つめた。


 出来立ての饅頭を皿へと移し、僕の元へ。



 僕は饅頭を口にしながら景色を眺める。



 しばらくして店内に視線を向けると、碧と目が合う。すると、碧は微笑みながら会釈をし、こちらを見つめていた。


 その時、僕の心臓の鼓動が高鳴った。



 ドキドキしてる…。これって…。




 翌朝。


 僕が市場で買い物をしていると、見覚えのある女性の姿が視線の先に映る。女性は僕に気付くと会釈をし、笑顔で歩み寄る。



 「おはようございます。新庄さんもいらしてたんですね」



 碧だ。


 

 「今日は定休日なんです。お休みの日はこうして市場に足を運んでいるんですよ」



 笑顔でそう話す碧。


 そして、りんごを1つ掴み、碧が尋ねる。



 「新庄さん、旅をされているんですよね」


 「ええ。色んな地を巡って、その地の魅力を発信しているんです」



 僕はバッグからカメラを取り出し、両手で持つ。


 僕はこのカメラで多くの地の魅力を写真に収めてきた。勿論、この地でも。


 

 「ありがとうございます。この地に興味を持っていただいて」


 「美しい景色が多いですし、食べ物も美味しい。魅力だらけですよ」



 碧の表情は緩む。



 僕はトマトを購入。そして、トマトが詰められた袋を受け取る。


 しばらくし、僕は碧と市場を出る。


 二人で歩きながら言葉を交わす。



 「いつまでいらっしゃるんですか?」


 「明日には次の地へ向かおうかと思ってまして」


 「明日ですか…」



 その瞬間、この日の天気とは正反対に、碧の表情が曇る。


 どうしたのだろうか。僕は心配になり、声を掛けようとした。


 

 その時。



 碧は笑顔でこちらを見つめる。



 「旅のご無事を祈ってます!」


 「ありがとうございます!」



 僕達は笑顔でその場で別れ、西へと向かう。その途中、僕は無意識に振り向いた。


 すると、視線の先に映ったのは立ち止まり、こちらを見つめる碧の姿。


 そして会釈をし、道を進んだ。



 僕は碧の後姿を見送ることしか出来なかった。



 僕はどうすればよかったのだろう…。


 自問自答しながら僕は道を進む。




 翌日。


 僕は碧の元を訪れる。視線の先には笑顔でお客さんを見送る碧の姿。



 碧は皿と湯呑を持ち、店内へ入ろうとした。



 その時。



 「新庄さん…!」



 碧は一度、皿と湯呑を置く。



 「寂しくなります…」



 碧の言葉に僕の心が締め付けられる。


 

 僕も寂しい。しかし、行かなくてはならない。



 しばらく二人で言葉を交わしていると、碧は皿と湯呑を持ち店内へ。それからすぐに両手で何かを持ちながら姿を現す。



 「もしよろしければ…。旅の途中に」



 お店のお団子が詰められた包みだった。


 僕は両手で包みを受け取る。



 「ありがとうございます…!」



 この瞬間、僕の目に何かが溢れそうになった。しかし、それを何とか抑え、碧を見る。



 「どちらへ?」


 「あてもなく気ままに…。行く先には必ず美しい景色がありますから」



 碧は笑顔で頷く。



 僕は碧に挨拶をし、次の地へ向かおうとした。



 その時。



 「また…、会いに来てくれますか…?」



 どこか寂しそうな目をした碧が僕に尋ねる。



 僕は一瞬目を閉じ、再び開ける。そして、碧を見つめ、答える。



 「絶対会いに来ます…!それまで待ってて下さい…!」



 すると、碧は笑顔を見せる。



 「約束ですよ?」


 「約束します!」



 笑い合い、しばらく言葉を交わす僕達。



 そして…。



 「それでは…!お団子、ありがとうございます…!」



 碧に頭を下げ、僕は歩き出す。


 碧は姿が見えなくなるまで僕の背中を見送ってくれた。


 しばらく歩き、何かを誓うように青空を見つめる僕。


 

 絶対会いに行きますからね…!必ず…!



 碧との約束を胸に、僕は次の地へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る