カノジョに浮気されて絶望していた僕を癒やしてくれたのは、オフ会で偶然出会った学校で一番可愛い生徒会長でした。

新原(あらばら)

第1話 目撃

 ――自殺オフ会。


 僕こと霧島きりしま呉人くれとが、ある意味で運命の出会いを果たしたのは、その場でのことだった。


   ※


 だんだんと暑さが出始めてきた5月の中頃。

 僕はカノジョの浮気を目撃してしまった。


 駅前のデパートで新しい衣服を買おうと思って、アパレルショップのテナントをテキトーにふらついていたら、カノジョが見知らぬ男と歩いているのを見かけたのだ。


柚季ゆずき……あいつ……」


 僕のカノジョは、同じ高校に通っている同級生の2年女子、大崎おおさき柚季だ。

 栗色に染めたボブカットと、そんな髪型が似合う可愛い相貌がチャームポイント。

 スタイルも悪くなく、何度もじかに揉んだことのある胸は大きい。


 僕と柚季は一緒に居ればよく話し、よく笑い、好きだと言い合って、身体を交わらせた回数は一度や二度じゃない。


 週末の今日だって、このあと夕方から僕の1人暮らしのアパートで夜の逢瀬に耽るつもりだった。

 それなのに……あいつ、何やってんだ……。


 目の前の光景が信じられなかった。ウソだと思いたかった。そんなはずがないと思いたくて、僕は気付くと柚季のあとをそっと尾行していた。


 相手の男はもしかしたら……単なる知人かもしれない。仲良さそうに歩いているが、それこそ兄貴とか、弟とか。でも、柚季が兄弟の話なんてしてくれた記憶はない。そりゃそうだ、一人っ子だって言っていたし……。


 じゃあ……あの男は誰なんだ。

 大人びて見える。

 高校生ではない……のかもしれない。


 やがて2人がデパート内のフードコートに入っていった。僕は柚季の声が聞こえる範囲の死角を陣取って、聞き耳を立てた。


「ねえ佐藤さん、大学って楽しいですか?」

「そこまでかな。柚季ちゃんみたいなピチピチの子は居ないしw」

「ふぅん、そうなんですか?」

「そうだよ。柚季ちゃんのおっぱいよりハリの足んない年増ばっか」

「ちょ、まだ昼間なんですけどw」


 ……なんだこの会話。

 相手は大学生?

 柚季の胸と比べて大学の女をディスってる? つまり合体済み?

 それだけでもう役満だが、ちらりと様子を窺ってみれば、手を祈るように繋ぎ合わせて柚季はにこっと澄ました笑顔を浮かべている。

 ってことは……。


 あぁ……。

 色々と、もはや手遅れなんだなと悟った瞬間、じわりと視界がにじんでいた。

 悲しさなのか、悔しさなのか、怒りなのか、何が反映されているのかよく分からない涙があふれてきて、僕は衣服の袖で目元をぬぐい、その場を足早に立ち去った。


 ……明確に、アレは、浮気だった。

 なんで浮気をされたのかが分からない。僕に何か至らない点があったんだろうか。

 いつの間に柚季は僕から気持ちが離れていたんだろう。すれ違うような喧嘩、したことなんてなかったのに。

 どこかで僕は……失態を犯していたんだろうか。


 柚季は、僕にとって初めてのカノジョだった。

 対して柚季は、僕が初カレシというわけではなくて、至らない僕を常にリードしてくれる存在だった。

 ひょっとしたら、それがダメだったんだろうか。僕なりにもっと良いカレシになりたいと思って、そういう立場をくつがえしたいと思って、最近は主導権を握って色々と頑張っていたつもりだが、遅かったんだろうか。


 分からない。

 結局、何をどう考えたって柚季が浮気をしている事情は不明だ。

 確かなのは……柚季が浮気をしているということ。

 それだけは確固たる事実で、どうしようもない絶望感を僕に与えてくれた。

 

 止まらない涙をぬぐいながら、僕はデパートをあとにした。


   ※


 去年、進学に伴って親元を離れ、隣の県まで出てきた僕は、アパートに帰ればもちろん1人である。無人の部屋には慰めてくれる人なんて居ない。でも家族が居たところで、浮気された、なんて愚痴をこぼせるわけがなく、結局は1人きりの環境でありがたかったのかもしれない。


 その夜――


「なんか元気ないね?」


 柚季が何食わぬ顔で僕の部屋を訪ねてきた。

 僕は浮気の件を口に出さなかった。

 それを問い詰めて喧嘩する気力が今はなかったからだ。


 もっと何か省エネな仕返しの方法があるんじゃないか。

 そんな風に考えながら、僕は気力がないと言いつつも、煮えたぎる怒りをぶつけるかのように今宵は柚季を力任せに抱いた。


 翌日日曜の午前に柚季が帰ったあと、僕は浮気の仕返しについてネットで調べていた。


 ・自分も浮気する。

 ・相手を突き止めてその相手を脅す。

 ・恋人を糾弾した上で痛め付ける。


 実際の体験談が色々載っている中で――


「……自殺して後悔させる」


 そんな文言を見て、僕はなんだか興味が引かれた。


 ――恨み言を書いた遺書を残して自殺すれば、恋人の精神に一生消えない深い傷を与えることが出来る。


「これだ……」


 今にして思えば、このときの僕は歯止めが壊れていた。

 だからまったく省エネじゃないそんなやり方を魅力的に思ってしまったんだ。


 僕はその後、SNSの片隅で自殺サークルなるモノを見つけた。

 1人で死ぬのがちょっと怖かった僕は、そんなサークルにすがることにした。

 

 そして5月の下旬、みんなで集まって死ぬオフ会を開くとのことで、それに参加することを決意したのだった。

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