第16話 1989年11月13日(月)取り調べ4日目
加治屋雅雄。鹿児島県選出国会議員。
そして、元警察庁刑事局長。その刑事局長であった際に、時の総理に請われて政治家に転身。国家公安委員長、自治大臣、内閣官房副長官、長官などを歴任し、今でこそ閣僚ではないが、党の政治改革推進本部で本部長として
派手に振る舞わず、大臣職も党の役職も比較的地味なものを好み、総理総裁などの声も掛ることはないが、党の役職は副幹事長、選挙対策委員長を経て二度の幹事長も経験している。国家の実権は往々にしてこういう男が握っているものである。
今は臨時国会の開催中であり、鎌田さんと僕は国会から戻る予定の1600にアポを取って貰っていたが、永田町にある事務所にはその1時間前に到着して前室で控えていた。警察庁から歩いて十分ほどの距離ではあるが、万一の事態を考えての車での早着である。
もし、国会が早く終わり加治屋が外出するなりしたら再びアポの調整をしなければならない。だが捜査にそんなゆとりはない。彼らに建て直す体勢があるかは別として、犯罪の拡大を防ぐためには一分一秒でも早く彼らを仕留めねばならない。もとより何をしでかすのか分からない連中である。教祖と幹部を押えておけば済むという話ではない。
車は僕が運転した。運転手を使えばその運転手に確実に話を聞かれる。その運転手の背景を綿密に調べる余裕などない。徒歩で行ってもいいのだが、道々相談するのには車の方が安全である。
事務所は党本部のすぐ脇にある五階建ての古びた建物の三階にあった。外から見ると一見古いそのビルの中は、戦前の建物らしく天上が高い大理石作りの
「お約束を頂いている警察庁の鎌田と西尾です」
という蒲田さんの言葉にも動揺一つする事なく、彼らは差し出した警察手帳に確かめるような視線を送り僅かに頷いた。
「どうぞ、エレベーターの方に」
年配の男が低い声で言った。エレベーターの側にはもう一人、同じような雰囲気の男が立っていて黙ってエレベーターのボタンを押し、僕らと一緒に乗り込んできた。
三階に着くと、男はエレベーターのドアを手で押さえ、僕らに降りるように目で促した。
エレベーターの左手奥に「加治屋事務所」という素、鈍い金色に黒い書体で書かれた素っ気ないプレートが掛っていた。僕らと一緒にエレベーターを降りた男が重そうな鍵の束を腰から引き抜くと、迷いもせずにそのうちの一つを差した。かちゃりと鍵の開く音がしたが、次に男はドアの横にある箱のようなものに手を伸しそれを開けると素早く何度かキーのような物を押した。どこかで別の鍵のシリンダーが動くような音がし、男はドアノブに手を伸した。
重たげなドアがゆっくりと開いた。
「どうぞ」
漸く男が口を開き、僕らは部屋の中に通された。エントランスと同じく高い天井の作りで、
幾つかの続き
僕らが腰掛けるのを見届けると、男は入ってきたドアを開いて姿を消した。
「なかなか厳重ですね」
僕の言葉に
「ああ、ここも多分監視カメラで見張られているんだろう」
そう言うと鎌田さんは部屋の中を鋭い視線で見回した。そして奥にある書棚を見据えると、
「恐らくあの書棚に隠しカメラが備え付けられている。かなり神経質だな。だが、加治屋さんは何度か暴漢に襲われているから仕方有るまい」
と言った。
「そうなんですか」
「君のことだからその位は調べてあると思ったが・・・」
鎌田さんは微かに笑うと
「雨宮内閣の時、加治屋議員は官房副長官として内閣の一員となった。その時に事務所に爆弾が送られている。本人は不在で怪我はなかったが、事務員が二人大けがを負った」
「そうなんですか」
政治家や企業に爆弾が送られるという事件はかつて頻発した。そして大光輪もそのまま存続すれば何年か後に都知事に爆弾を送ることになる。それが「世界1」での真実だ。
「ああ、その後政界に進出したのだが、選挙の時に色々とあったらしい。金権選挙と言われて、地元で刃物を持った青年に襲われたこともあった」
「なるほど、物騒ですね」
「まあ、それだけ辣腕ということだ」
鎌田さんはにやりと笑うと
「とはいえ、警察に警護を要請することはいままで無かった。個人的な関係は別として警察とは距離を置いているのが加治屋という人間の本質だよ。ここの警護も自費で行っているらしい。警察出身者なのにな。変人と言えば変人だが・・・」
鎌田さんはそういうと辺りを見回して、
「悪口を言っていると聞かれているかもしれんな」
と、呟くように言った。
「お茶をお持ちしました」
というとお盆に載せた茶器をテーブルの上に置くと、微笑んだ。来客がそれだけで
「ありがとうございます。しかし、お気を使わずに・・・」
と鎌田さんは神妙な声で礼を言ったが、女性は再びにっこりと笑うと、
「ごゆっくりと」
と返答して戻っていった。
「仕方ない」
鎌田さんは腕時計を見ながら言った。
「ゆっくりさせて貰おうか」
時間は3時45分だった。
それから、30分ほど、僕らは時折ぼそぼそと事件に関して会話を交わしたが、なんだか盗み聞きされているような気がして僕らは肝心なことは何も話さずに時間を過ごした。待ちくたびれ、会話が途切れがちになり始めた頃、突然さっきと別のドアが開いて、痩せぎすの男が現われた。僕たちに目をくれることも無く男はドアへと向かった。そして内からなんなくドアを開けると、
「お帰りなさいませ」
と体格に見合わぬ、よく通る太い声で言った。
鎌田さんが立ち上がり僕も続いた。ドアの向こうから小柄ではあるが、背をぴんと伸した老人が年に似合わぬ軽快な足取りで入ってきた。僕らは知らず、頭を下げた。前を通り過ぎる時、鋭い視線で
それから十五分が過ぎ、そのドアが再び開くと、さっきの痩せぎすの男が一人出てきて僕らに近寄ってきた。
「加治屋がお会い致します」
さっきの通る声とは全く違う、低い声で僕らに耳打ちするように言うと、僕らが立ち上がるのを見届けて、くるりと後ろを向いて出てきたドアの方へと歩き出した。僕らは彼に続いて部屋へと入った。
部屋はそれほど広くはなく、十畳ほどで、加治屋雅雄氏はその奥にあるデスクの後ろに座っていた。豪奢な家具があるわけでもなく、作り付けのような本棚にはびっしりと本が詰まっていた。部屋の中央にはこぢんまりとした明るい色のテーブルを真ん中にしたソファが置いてあり、僕らはそこに招かれた。加治屋氏本人も立ち上がると、そのソファに腰掛けた。彼が腰掛け、手で座るように合図するのを見届けてから僕らはソファに腰を下ろした。
「お忙しい中、お時間を頂き申し訳ございません」
鎌田さんが口火を切った。
「うむ、いや、実はそれほどは忙しくはない.今回の審議では出番があまり無いからな」
加治屋氏の声は国会で答弁している時に比べるとずいぶんと明るく高かった。
「で、警察庁の方々が何の用かな?私に献金疑惑でもあるのか?」
冗談にしては生々しい発言をしながら、加治屋は僕らを見つめた。一見、優しげな睫の多い目をしていたが、その底には何かを見通そうとしている強い意志が感じられた。
「いえ、まさか、そのような・・・」
そう言いながら鎌田さんが懐から取り出して置いた名刺に加治屋は目を走らせた。
「警備局か・・・。となると、国家の一大事でもあるのかな」
「もしかしたら、そういうことに発展しかねません」
鎌田さんの言葉に加治屋氏は、首を少し傾げた。
「で、何だね」
「実を申しますと・・・」
鎌田さんは事件の概要を手短に話し、その事件の首謀者を既に特定しつつあると説明した。加治屋氏は興味深げに話に耳を傾けていた。
「その話なら聞いている。昨日、殺人の実行者が逮捕されたのだろう?」
「ええ、その通りでございます。実は本件に関し、以前上層部に議員からお話があったと聞いております」
「うむ」
加治屋氏は頷いた。
「大変、失礼とは存じますが、その件に関して議員にどなたかが接触をされたのではないかと」
加治屋氏は再びぎろりと鎌田さんと僕に視線を送ったが沈黙したままだった。
「それが、どうしたというのだ?あの時は暴力団がらみではないか、という話もあった筈だ。迂闊に宗教団体に触ると厄介なことになりはせんか、と思ったので一般論として話しただけだが」
加治屋議員の問い掛けに鎌田さんは間髪を入れずに答えた。
「しかし・・・それだけでしょうか?」
「どういうことかな?」
しばらくの沈黙の後に加治屋氏は尋ねた。穏やかな口調ではあったが、強い疑念がその口調の底にあった。
「実は今回、供述した者の中に本件に関して警察幹部と何らかのコンタクトをした人間がいるという事が判明しました。その中で議員のお名前が出てきましたので」
鎌田さんの言葉に議員は再び沈黙した。
「その人間が私とコンタクトをした、そういうのかね?」
「万が一のことを考えてクリアにしておきませんと」
鎌田さんは精一杯、丁寧な口調で答えていた。
「つまり、わしがその警察関係者に間接的に利用されたのでは無いか、そう言っているのだな?」
いつの間にか「私」が「わし」に変わっていた。恐らく、この会話は彼の何らかの感情の琴線に触ったのだろう。
「いや、そうと決まったわけではありません。我々としてはそうした可能性を一つ一つ潰していかなければならないので」
「なるほど、警察が言いそうな言葉だな。確かにある男から話があった。しかし・・・」
加治屋は沈黙をしたまま、目を閉じた。
「私からその男の名前は言えない。それはそちらで責任を持って調べてくれ。もしその男の名が判明し、なおその男への疑念が払拭されないというならその時にまた連絡をくれ給え。そのうえでもう一度話を聞こう」
その言葉に僕と鎌田さんは目を見合わせ、頷き合った。この人物がそう言った以上、それを説得しようとしても却って事を
「わかりました。そう致します」
鎌田さんは、そう言うと腰を上げ僕も続いた。だが、鎌田さんはふと顔に手を当て
「このようなことを申し上げるまでもございませんが・・・」
そう発言すると言いにくそうに言葉を切った。
「我々が本件で加治屋議員を訪問したことはぜひご内密に・・・」
「それはこの件に関して私にコンタクトしてきた人間に、ということだね」
加治屋は穏やかに返答した。
「はあ、ぜひとも、それは。もちろん他の方々にもお話し戴かない方が」
僕らは揃って頭を下げた。それを見て加治屋は
「私が怒るとでも思っているか?」
「いえ、ただ」
「私が怒るとすれば、私がそんなと男だと思われていることに対してだ。自分を怒っても仕方有るまい」
「いえ・・・申し訳ございません」
鎌田さんは再び頭を下げた。それを制するように掌を突き出すと加治屋は言った。
「こちらからも一言言わせて貰おう」
「はい」
「今のところ、わしはその男を信じておる。そのようなことに関わる男では無いと思っておるからな」
「承知しております」
そう言った鎌田さんを遮るように加治屋は言葉を継いだ。
「だがもし彼がその宗教団体から何らかの見返りを受けていたとしたなら」
そう言うと加治屋議員は僕たちを睨み、断罪するように続けた。
「必ずその事実を基に適切な処分を下すことが必要だ。分っているな」
「はい」
鎌田さんがきっぱりと答え、僕も頷いた。加治屋議員はぎょろりとした眼で僕らを睨んだ。
「宜しい。どの位で結論が出る?」
警察庁の刑事局長時代も同じフレーズを繰り返したのだろう。堂に入った尋ね方だった。
「現役幹部の調査となりますと、それだけ慎重に事を運ぶ必要がありますので、帰ってから総監と相談させていただくことになりますが、おそらくは十日から一月ほど」
鎌田さんの答えに
「そうか」
と頷くと、加治屋さんはそれ以上追求も、期間の短縮も求めなかった。
「君たちがそう言うならそれだけの時間が必要なのだろう。その間中は、僕は今までと同じように振る舞う。その相手がコンタクトしてくるとは思わんがね。だが万が一、彼がそれ以上のアクションを僕に求めてきたら、その時は総監に伝えよう。いいな」
「了解致しました。総監にはそのように申し伝えます。よろしくお願い申し上げます」
「西尾・・・」
車に乗り込んだ鎌田さんは少し疲れた表情で、僕に
「久しぶりに緊張したよ。体が少し震えた。取り分け、見返りを受けていたとしたら・・・のくだりでね」
僕も同じだった。いや、震えた膝が加治屋氏や鎌田さんに気づかれなかったのは幸運だった。大人になってから「震え」を見られるなどと言うのはみっとも良い話ではない。
「もしその警察関係者が大光輪と繋がりがあるなら何らかの形で見返りを受けていないわけがない、そのことを承知の上での加治屋さんのあの言葉だ。
「ええ。それにそんな男に見られているという自分に怒っている、というのは・・・」
「なかなか言えることではないな。まあ、向こうは政界という
鎌田さんはそう言うと、胸のポケットからハンカチを引き抜いた。
「こんなに汗を掻いていたら今に干からびて干物になってしまうな。今の警備局長など、あの人に比べれば数段、お優しい」
「ですね」
「じゃあ、戻ろう。膝の震えは止まったろうな?安全運転で頼むよ」
見られていた。
僕は助手席に座った鎌田さんにちらりと視線を送ったが、鎌田さんはそれに気づかないかのように外を眺めていた。
庁内に戻り、鎌田さんの部屋に入ると鎌田さんは電話でコーヒーを二人前注文した。
そのコーヒーが届くのを待って僕らは打ち合わせを再開した。
「総監は事情を分った上で、こちらについている。後は向こうのバックで誰が仕切っているか、という事と、どれほど
鎌田さんの言葉に
「ええ」
と頷いた。
総監がこちらのついているというのは心強い。加治屋雅雄も少なくともニュートラルである、と公言した。しかし、向こうにそれ以外の大物の官僚や政治家がついていれば、事はさほど易しくも単純でもない。教団とその関係者についてはこれまでの経緯を考えれば、かなりの確率で追い込むことが出来るが、警察内部にいる関係者を炙り出すのは容易ではない。その上、その先に他にも闇が潜んでいる可能性があるのだ。そうした暗部まで切り取らねば、大光輪の息の根を止めるには至らない。
面倒な事態にならないことを鎌田さんも僕も強く願っていた。
コーヒーを飲み終えた鎌田さんはデスクの上の封筒から1枚の書類を取り出した。
「実は既に加治屋議員と個人的に強い繋がりのある警察官に関して調べは済んでいる。いずれも九州出身。加治屋議員は警察官時代から余り多くの人間と連むタイプでは無かったようだが、義理は大切にする人だったらしい」
そのリストに載っていた人物は8名。少ないようだが、相手は加治屋議員が僕らより信頼しているとまで言った男である。そこまで言える人間はさほど多くないはずだ。恐らくこのリストの中の誰かであろう。
いずれも上級職から幹部へと昇進した人間であり、聞き覚えのある名前であったが、とりわけそのうちの二人はよく知っている人物だった。
一人目は柴田寛二。つい、先日まで我々の上司であり、僅か6ヶ月前に兵庫県の本部長へ移転していった人間。階級、警視監。
もう一人が町田真之介。我々と同じビルで勤める警視庁刑事部捜査二課課長。階級警視正。同期の富田の上司であり、一度福岡県警へと転任してから戻って捜査二課長を拝命した。
他に3名が警視庁、ないしは県警へと転任しており、残り3名が警察庁及びその附属機関に残っている。警察庁に属している三名は
交通局交通企画課 安西透 警視。
警察大学校特別捜査幹部研修所 所長 友引篤 警視監。
生活安全局 生活安全企画課 生活安全企画官 狭間健一 警視。
残りの県警などに転任したのが
警視庁 公安部 公安二課課長
山形県警 警察本部長 向井 信二 警視長
奈良県警 警察本部長代理 植田 誠 警視正
キャリアもポジションもかなりばらけている。
「もしこの中にいなければ駄目ならば範囲を広げる必要がある」
「ええ」
鎌田さんは嘆息した。
「せめてこのリストの中にいるかどうかだけは教えて貰いたいが、あの様子じゃ逆効果になりかねないな」
「そうですね」
「加治屋さんに会うのも緊張したが、このクラスの人間の捜査をするのも並大抵ではない。どうする?」
「困るのは人手を増やせば、相手に漏れる可能性が格段に高いという事です。もし公安を使ったとすれば柴田さんには確実に・・・」
僕が言うと、
「確かにな」
と鎌田さんも顎を撫でた。公安を使えば、柴田兵庫県県警本部長にあっというまに情報が漏れるに違いない。柴田さんは部下からの信頼がそれほど厚い警察官だった。
他にもキャリア組の中には人脈を広げることによって影響力を持とうとするタイプも多い。捜査の情報が誰の網に引っかかるか分ったものではない。捜査に警察官を自由に使えないというのは困難だし、情報を統制するのも、中にユダがいる可能性があると格段に困難になる.その上、対象が地理的にもばらけている。
「地方の可能性は低いような気がするが、どうだ」
鎌田さんはリストを眺めながら呟いた。やはり、柴田さんが気に掛る様子だ。それとなく後回しにしたいという心情が透けて見える。
「可能性としては多少低いでしょうが、今では連絡を取る手段がいくつもありますから」
そう言いつつ、まだネット時代が到来していないことを密かに僕は感謝した。ネットの時代では連絡どころか、金銭の授受もクリック一つで可能なのだ。
だが、このケースではもう少し人間くさいコンタクトが使われていると僕は思った。
「取りあえず、金沢の周りに人を配置して彼とのコンタクトがないかを見張ることにしたいと思います」
「うん、その人間は捻出する。公安にも柴田さんの息の掛っていない新しい人間が何人かいるから、山本君に事情を話して、そのチームを作ろう」
「できれば・・・テルを触りたいのですが」
テルを触るというのは電話機に盗聴を仕掛けるということである。金沢の自宅や関係場所に盗聴器を仕掛ければ会話の中味で相手を特定しやすくなる。
「ああ」
鎌田さんは、渋面を作った。
「難しいですかね?」
「どうかな、うーん」
僕らが憚ったのは数年前、共産党幹部の自宅盗聴がばれた事で大きな問題になった事情があるからだ。間の抜けたことに盗聴の技術が低く、当人に気づかれたばかりでなく、NTTの職員によって盗聴の現場まで押さえられ、あまつさえNTTから告発までされてしまった。ちょうど旧電電公社から民間会社に生まれ変わったばかりで、「国」というものの管理下から外れたばかりであったことも影響したのだろう。公安にとってはとんでもない失策で、事件は警察・検察とも公安を離れ特捜に持って行かれ、公安では何人かが飛ばされ、下では
とはいえ、公安の性格上、さまざまな方法で情報を取る手段を捨てることは出来ない。盗聴技術と部隊は「へまを打った」チームを飛ばした上で温存し、技術に磨きを掛けている。
「政治的問題にはならないが・・・ばれると厄介だ。だが、司馬とかでなく、そのクラスなら相手も油断しているだろう。それに警察関係者なら、今ならまさか、と却って油断しているに違いあるまい」
「ではゲートを開いて貰えますか」
「ああ。それは山本チームの得意なところだからね」
ゲートとは「門」一般的には桜田門は「警視庁」を指すが、その隣にある警察庁も桜田門に隣接している。「桜田門」から門を取って「ゲート」を開くというのは公安捜査を行う、即ち盗聴を含めた行動をとることを指す隠語である。
「山本君のところは思想・宗教のところは絶対にクリーンだし、万が一どこかで警察内部の容疑者に繋がっていたとしても
「ありがとうございます」
「それで、君はどうする?」
「リストの手近なところから進めさせていただきます」
「というと、警察庁関係者からか」
「ええ」
警察庁内にいるのは4人、そして関東圏内、いや都内にいるのは警視庁の一人を含めて計5人。この5人の中に対象者がいる確率が最も高い。連絡を取る手段が多様化しているとは言え、犯罪は行う側でも即応性が重視される。とりわけ計画的・組織的な犯罪は距離が遠いと思わぬほころびが起きる。確かにこの犯罪に関連している警察官は犯罪そのものに手を染めている可能性は小さいが、「彼」の心理としては距離があるほど懸念は深くなる。
そうでないとしたら・・・僕は大きく息を吸った。本人の意向ではなく都内から異動させられた人間が怪しいことになる。一番、直近の異動対象者は柴田さんだ。
「監察官にはどうする?」
「難しいところですね」
警察の監査は警務畑に属し、公安とは距離が置かれている。公安はむしろ「監査」の対象に一番なり得る部署で、例えば4課などの不祥事が暴力団との癒着など粗暴なものが多いのに対し「公安」の犯罪は複雑で場合によっては国家の根幹を揺るがす物になりかねない。現在の首席監察官は警視監、小林誠一郎。珍しく刑事畑から就任した人物で、誠実な人間と評されているが僕らとの関わりは薄く、具体的な人物像は描きにくい。だが、早晩僕らの行動は彼の知るところになるだろう。もし、タイミングを間違えれば不興を買うことになる。
情報の「統制」と、情報を出さなかった事による「不興」という現象はトレードオフであり、この匙加減が警察という組織の上部ではかなり重要になる。
「うん、これは僕から総監に相談する。君には状況を連絡するから、まずは進めてくれ。もし対象者の情報で取れないところがあったら遠慮なく相談して貰って結構だ」
「はい」
短い会話を終えると僕らはそのまま徒歩で本庁へと向かった。
その日のうちに極秘で山本警視の率いるチームが編成された。僕はスタッフ・サブリーダーとして独立したまま、そのチームに属することになった。コードネームは「ターマイト」。シロアリの意味を持つ。警察という組織を食い荒らす可能性のある存在、いっけんホワイトで、蟻の仲間のような名を持つが、実は「ゴキブリの仲間」であり、捜査対象にぴったりのネーミングであった。提唱したのは鎌田さん。ただ、その捜査対象リストの中からは柴田さんの名は抜かれていた。
「意味は分かるな」
鎌田さんは言った。
「ええ」
つまりは・・・柴田さんに関しては僕が個人的に調べねばならないという事であった。
「もし東京で成果が現われないときは出張・・・と言うことですね?」
「神戸牛はうまいそうだよ。食べたことがあるかい?」
「いえ、残念ながら」
「じゃあ、食べてくるが良い。但し柴田さんに奢って貰ってはだめだぜ」
「牛肉で懐柔されるほどやわじゃありません」
「ああ、頼むよ」
鎌田さんは笑った。
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