第19話 天使達の狂騒曲

「早く! 直ぐに退避をッ!」


「押さないで! 子供と女性を優先的に!」


「荷物なんぞは後でいいッ! 今は命を最優先に動きなさいッ!」


 混迷を極めるマレン王国。

 珠栄祭を明日に控えるお祭り厶ードの空気は瞬く間に真逆へと変貌を遂げる。

 脱出に成功した役人達は王宮の警護兵を巻き込み住民の避難を急ぐが当然のように状況はパニックに包まれていた。


 財団の出没はあれど国内での大規模な犯罪や紛争はなく、比較的治安の高さを維持していたマレン王国。

 中立国家という立場もあってもう二度と争い事には巻き込まれないという空気が住民の中には無意識に蔓延していた。

 故に血相を変えた者達からの避難勧告に冷静でいられるはずがなく一種の平和ボケに蝕まれる者達は我先にと四方の正門へと押し掛け、現場は混沌と化している。


(クソッ……完全にパニック状態かよ)


 目の前を右往左往をする群衆の波にソウジは内心舌打ちをかます。

 群衆雪崩が起きかねない混乱、中には親御と離れた複数の子供が泣き叫ぶなど見るに堪えない自分善がりな光景が広がる。

 一度強く頬を叩き、意を決したソウジは群衆の波へと入り込み誘導を指示する警護兵達へと指示を送った。


「警護兵さん、群衆は西側に避難させてください、それと逸れた子供の保護を」


「えっ? き、君は……?」


「そんな事今はどうでもいいッ! いいから早く西側への避難と子供の保護をしろって言ってるんですッ!」


「は、はひっ!?」


 一秒も無駄に出来ない切羽詰まる状況に激しく声を荒げたソウジに警護兵達は直ぐさま行動へと移す。

 各々が違う正門を目指し、互いの衝突が相次いでいた見るに堪えない状況は西側へ逃げろという明確なルートの決定により段々と収まりを始める。

 時間の経過と共に段々と民衆も落ち着きを取り戻す者も現れ、一時は収束不可に思われた国家レベルの混乱は徐々に沈静化の一途を辿っていた。


「さて……そろそろ行くか」


 多少はマシになった現状に安堵を抱きながらソウジは正反対の方向、日出ずる東へと地を蹴り上げ、駆け出す。

 何故このような指示を咄嗟に送ったのか、決してやけくそだの感情的だのそんな短絡的な動機が理由ではない。

 ソウジにはもう一つの違和感からなる考察を胸に秘めていた。

 ただ一目散にある場所へと目掛けて疾駆する先に彼の思考に過っていた可能性は真実となって姿を表す。


「フヒッ……フヒヒヒッ……! 馬鹿な奴等だ本当に馬鹿な奴等だッ! 大人しくしていれば余計な絶望を味合わずに済んだのに。全てアレル様に背いた因果応報だ」


 奇っ怪な笑いと邪念まみれの言葉。

 集合住宅の建設予定地、一部骨組みが建設されている程度の更地同然の場所には一人の悪魔が身を屈めながら呪言を吐き続ける。

 遠目からでも常軌を逸している光景にソウジはため息混じりに言葉を紡いだ。


「やっぱり、アンタは逃げずにこの場所にいると思ってたよ、サーレ外務官」


 砂上で自分の世界に入り込んでいたサーレはワンテンポ遅れてソウジの存在に気付き即座に警戒の体勢を取る。


「貴様……何故ここが」


「あの貯水庫は巨大だ、幾ら手慣れの集団だろうと破壊となれば相当な時間を要さなくてはならない、しかしアンタは全てを破壊すると強気な態度を崩さなかったから奥の手を持つと思ってな? ここは謎に開発が遅れてるって不思議な噂話も聞いている。住宅が建つと面倒なものがあるんだろ?」


「全く全く……近頃の若者はどうしてこうも生意気に勘が鋭いのか。ガキはガキらしく馬鹿みたいに大人の言葉に従って脳死で生きてればいいのにさ」


「アレルのイエスマンに成り下がったアンタに偉そうな説教する資格があるのか?」


「黙れッ! アレル様への侮辱は幾万の痛みでも償いきれない蛮行だぞォッ!」


 この程度の煽りにも分かりやすくサーレは憤怒に満ち溢れ声を荒げる様子は心の髄からアレルに依存している事が伺える。

 余りにも熱い信仰心を前に「逆によくここまで隠してこれたな」とソウジは偽りだろうと激情を潜め、知的を演じていた彼の演技力に関心を抱いた。

 

「三年前……満月が世を照らしていた晩だ。外交として初めて訪問したハリエス王国で俺は女王サリア様によって己自身の尊さを存分に知った、そう俺は謙虚過ぎたんだッ!」


 癇癪が収まったかと思うと今度は天に両手を掲げ、己の正当性の訴えを始める。

 

「我々人類は女神アレル様に選ばれ愛された存在、最高の上位種にして唯一の地の支配者、俺達人間だけが愛され、救済へと導かれるのは人類だけだと……その為には悪しき獣も獣を守る堕落に進んだ人間も含めて滅しなければならないッ! 俺はずっと滅ぼす機会を虎視眈々と狙い布石を敷いたッ!」


「だからこんな凶行をしたのか。貯水庫を潰すことでこの国を、あの姫君の全てを破壊する為に」


「サリア様が教えてくださったのだ、アレル様がレベロスの鍵を手に入れ私に捧げろとお言付けをしているとッ!」


「まさか……あいつらがフィクサーだと?」

 

 聞けば聞くほど反吐が出る内容。

 既に地の底だったサリアを含むハリエス王国への印象はさらなる地へと堕ちゆく。

 身内を洗脳し、一国を滅ぼせと命じた彼女に憤りを隠せないがソウジはそれ以上にサーレが発した言葉に疑問を呈した。


「待て、レベロスの鍵を捧げろ? あれは貯水庫の鍵だ、奴等が手に入れようとする必要性なんてないだろッ!」


「ハッ! 所詮ガキはガキだな、貴様の考察は大きな見当違いだ。あの女王が持つ鍵がまさか一つだけの機能とでも?」


「何……?」


「まぁ知らなくていいさ、アレル様と敵対する邪神に選ばれた貴様なんぞはこの地で息を途絶えるのだからなァァァッ!」


 困惑に溺れるソウジを嘲笑うかのように地面からはサーレを中心とした地面からは引き摺り出すような鈍い音が鳴り響く。

 刹那、眩い純白の魔法陣が終焉を告げるかのように殺戮を纏う天使のような存在が地を突き破り姿を表す。


「ッ! こいつは……!?」


「人造魔族、上級天使ヴァルベラ。さぁひれ伏し狼狽えろ、この断罪の光にッ!」


「なるほど……これがアンタが仕込んでいな奥の手ってやつか。こいつなら貯水庫も楽に破壊できる」


「言ったはずだ、馬鹿共を欺くのは赤子の手を捻るよりも容易いこと。適当に理由をつけていればこの場所に切り札を隠し仕込むことなど造作もない」


 ヴァルベラと名付けられたサーレが召喚を行う奥の手はまさに歪なる四つ目の天使。

 純白の四枚羽を生やし、丸みを帯びた図体に筋肉質な両腕には群青の大剣が断罪を意味するかのように煌めいている。

 魔族と言うには美しく、だが天使と言うには醜い身体を震わす存在はソウジへと残酷な瞳を捧げていく。


「上級天使ヴァルベラ……三十の神々が使役する天使族の一人ッ! ハリエスの技術は素晴らしい、このような存在も魔族を利用し模倣の実態を生み出せるのだからな」 


「クソッ……レクリサンドの魔族実験と同じ技術か」


「その通り、サリア様は直々にこの決戦兵器を支配する権利を俺にお与えくださった。これは我々の手で悪しき魔物を神話にも顕現する誇り高き人類の使い魔へと進化を齎した善意の行為であるッ!」


「……物は言いようだな。国家規模の協力関係だった名残りはあるってことか」


 人間主義に基づく魔族に対する徹底したやり方にソウジは畏怖すらも感じるが感傷に浸る猶予など与えられていない。

 サーレの合図と共にヴァルベラは己が持つ翼による飛翔を行うと、気付けば既に眼前にて剣を振り下ろさんとしていた。

 大剣からは禍々しさに溢れた魔力を蓄えた一撃が振るわれ、周囲の地面は衝撃波によりクレーターが生成される始末。

 

「チッ、またこういう大物相手かよッ!」


 間一髪、反射的に回避を行った肉体により直撃を回避するものの、放たれる風圧にソウジは軽々と後方へ吹き飛ばされる。

 天使の名にしては容赦のない造られし哀れなる怪物ヴァルベラは追撃とばかりに大振りからなる斬撃を繰り出す。

 巨体に見合わぬ俊敏な動きに避ける隙など与える間もなく、紙一重のタイミングで刃先が頬の皮膚を掠めた。

 地へと姿勢を崩したソウジへと天使を使役するサーレは醜悪の笑みを投げ掛ける。


(これが人造魔族……進化という大義名分を下に生み出された哀れな怪物、やってる事は俺と然程変わりはないがな)


 フレイも謂わばヴァルベラと同じ人造により誕生した驚異と言える存在。

 相違点とすれば完全なる主従関係か、否かの違いであろう。

 創世の奇書も行えるのだ、やろうと思えば自らに忠誠を誓う殺戮決戦兵器を言い訳を添えて生み出すことも。

 奴の存在は己が持つ力の恐ろしさを体現しており、ソウジの胸中には緊張が走る。

 その様子を恐怖に屈服した姿だと勘違いしたサーレは勝利の宣言を木霊させた。


「アレル様は俺にさらなる光を与えてくださった、自分達人類こそが選ばれし者だと説いてくださり己の存在価値を肯定してくれた、アレル様の寵愛を受けた俺にひれ伏せ、感謝をしながら地獄で無様に溺死しろッ!」


「口を開けばアレルアレル……アンタは利用されているだけだ。目を覚ませ、騙しやすそうだからって言葉巧みに使い捨ての駒に扱われてるだけのこと」


「うるさいうるさいうるさいッ! 俺は選ばれた、アレル様を起源とした崇高なる理想の為ならばこんな反吐が出る邪に塗れた国など滅ぼすのみなのだァァァァァッ!」


「何が崇高だ……得体のしれない神を免罪符に平気で国を滅ぼす奴等より、何を言われようと自分を持ち、全てを守ろうとしたあの姫君がどんなに上等かッ!」


 決して交わることのない二人の主張。

 青筋を立て、激昂を露わにするソウジの言葉もサーレの胸に届くことはなく、鼻で笑う様は相容れない決裂を意味していた。

 同時に例えどれだけの雄弁だろうと響く様子を見せることはない彼にソウジもまた見限る軽蔑の視線を向ける。


「上等? アレル様以上に上等な者など存在しないッ! あんなミルク臭いガキを偉大なる女神と同列にするなァァァッ!」


「……そうか、もう今のアンタには何を言っても無駄なようだな」


「あぁ無駄さ、貴様の陳腐な言葉なんぞ空虚に過ぎない」


 危急存亡が迫る死闘に終わりを告げるべく上級天使ヴァルベラは膝付くソウジへと無情な剣先を振り上げる。

 狂気を煮詰めた高笑いが木霊を始め、女神に酔い痴れる様が視界に焼き付く。

 

「貴様には懺悔の時間をも与えん、地獄の底で絶対神に背いたことを後悔するがいい、邪神の子よッ!」


 奏でられる処刑の宣告。

 サーレの歯茎を見せる笑顔に呼応するべくヴァルベラの一閃は振り下ろされた。

 まさに絶望、どうしようもない絶望、抗いなど虚しいものにしかならない悲壮感が痛烈に空気を漂う。

 狂乱に包まれる人の皮をした悪魔によって生み出された偽りの天使は断罪を行うべく厳かに翼を広げ己の荘厳さを高めゆく。


「よく分かったよ、アンタがそんなに吹っ切れているなら……俺も潔く行使できる、奥の手ってやつをな」


 だがそれはあくまで彼が何の力も持たない人間だと仮定しての前提に過ぎない。

 奴が奥の手を有していたようにソウジも既に有事に備えた奥の手を創造していた。

 迫る死の匂いにも動じず、ソウジは淡々と創世の奇書を開く。


「それはまさか……創世の奇書!? 馬鹿な人が扱える代物じゃッ!?」


「さぁ、そいつはどうかなッ!」


 神話を知るサーレは当然のように厄災と称される代物を認知しており、邪神の子と呼ばれていた訳を理解する。

 幾ら軽蔑の対象であるアレルと敵対する邪神ベネクスだろうと力は絶大、破滅を招くと呼ばれる存在に思わず酷く血相を変えた。


「味わえよ狂信者、これが俺の切り札だ」

 

 目には目を、歯には歯を。

 天使には……天使を。

 接近する悪夢を振り払うように青白い稲妻のような光は迅速に周囲へと放たれる。


 ドグォン__!

 脅威を振り払う鈍い轟音。

 優しくも力強い風が乱れ吹き、一つの神聖なる影が羽根が舞い散らす。

 刹那、断罪の剣は敵対者の残滅を果たす寸前に大きく弾かれ、後方へと退った。

 純白の翼は震え、相手を蛆のようにしか捉えていなかったヴァルベラとサーレは共に形相を歪ませる。


「今のは……!?」


 ソウジの前へと顕現した一つの存在は段々と眩い光が晴れ、フォルムが明らかとなる。

 機械的なクリスタルブルーに煌めく十字架が刻まれる瞳は偽りの天使を捉え、波のような蒼い線が目立つ白金色のショートカットは秀麗に靡く。

 長身からなる完璧なプロモーションと同時に横顔でも見惚れる顔立ちはまさに天使と称して過言ではないだろう。

 独創性と機能性を両立するミニスカメイド服に身を包む美少女はゆっくりとソウジへ体勢を向け直した。


「お初にお目にかかります、我が主人」

 

 一挙一動が華麗にて勇猛である美少女メイドは優雅なカーテシーを披露し、自らの名を声高々に宣告する。


「我が名はセラフ・ロイヤル・A・セブンスソード、主人に仕える戦闘アンドロイドであり、完全究極の素晴らしいメイドです」


 創世の奇書により創造した新たな存在。

 機械仕掛けの美しき熾天使はソウジへと僅かな微笑を浮かべる。

 絶望を切り開く美少女は何の恥もなく、寧ろ誇らしく自らを完全究極の素晴らしく崇高を極めた存在だと名乗るのだった。

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