水たまりの町
リウクス
雫
ここは水たまりの町。
どこにでもある、ごく普通の町。
ただ、地面から5センチくらい、水に浸かっているだけ。
この町に住む一人の少女には抱えていた感情があった。
それを眼の奥で堰き止めて、今日まで耐えていた。ずっと、空を見上げながら。
けれど、今夜は違った。
少女は俯き、それを溢してしまった。
もう捨ててしまいたい、と。
それは幾つもの雫となって、水たまりに落ちていった。
降り始めた雨のように、一粒ずつ。
水たまりの町は、それを受け止めた。
溶けて消えてしまわないように、優しく包み込んでいる。
そして、新月の夜空を写した藍色の水面の奥で、雫は淡く、輝きを灯す。
少女はその光に気がつくと、おもむろにしゃがみこんで、落としたものを拾い上げた。
そして、それを宙に掲げると、より強く煌めき、星の海まで飛び去っていった。
やがて水たまりに落とした全ての雫が天に昇り、彼方向こうで煌めくと、それは線を繋いで星座になった。
少女はその形に見覚えがある。
それは、きっと、この世で一番大切なもの。
少なくとも、彼女にとっては。
その星座を、少女は自分座と名付けた。
きっと誰にも分からない、自分だけの形。
無数の星の中で、自分だけが見える、輝きの軌跡。
一際明るく夜空を照らす自分座のアルファ星は、少女に訴えかけていた。
君はここにいるよ、と。
その光は瞳を通して少女の中を巡り、ゆっくりと満たされていくような感覚があった。
ああ、そうか。
少し笑って目を閉じる。
そして、目を開き前を向くと、そこにはいつもと何一つ変わらない水たまりの町があった。
どこにでもある、ごく普通の町。
ただ、地面から5センチくらい、水に浸かっているだけ。
大切なものを胸の中にしまって、少女は歩みを進めた。
静謐な夜の中を、水たまりの跳ねる音が駆けていく。
水たまりの町 リウクス @PoteRiukusu
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