宇宙船内の不快なニオイ

根竹洋也

第1話

 俺の名前は、白木三太しろきさんた。小さな宇宙船を飛ばす、雇われパイロットだ。

 俺には悩みがある。いや、以前から悩みは色々抱えているのだが、俺を今、最も悩ませていること。

 それは――


 「宇宙船がなんだかくさい」、ということだった。


 宇宙船のパイロットをする前、俺は化学者だった。そう、あの日までは。

 あの日、地球に異星人がやってきた。幸いなことに奴らは侵略者ではなかった。異星人のおかげで地球の科学技術は一気に発展し、人類は銀河に散らばるその他たくさんの知的生命体文明の一員に加わった。

 これから世に出る若者にとっては夢のような時代だ。地球人の世界は物理的にも、知識的にも一気に広がり、広大なチャンスに満ちた銀河が若者を待っている。

 その一方で、取り残されてしまった地球人も大勢いた。彼らの大半は学者や技術者だ。

 彼らが学び、研究し、積み重ねてきたものは、異星人にとっては小学生で習うような内容だったのだ。自らをアップデート出来なかった者は、宇宙の単純労働者として働き、なんとか食い繋ぐことになった。

 俺も、そんな奴らの一人だ。


 俺は倉庫惑星に荷物を下ろし、地球へと戻る途中だった。古い探査船を改装したという小さな宇宙船で、雇い主の指示に従って何も考えずに宇宙を飛ぶのが今の俺の仕事だ。


「変なニオイがする……絶対にする……臭い!」


 こんな時、「なんか臭くない?」と聞ける同僚がいないのは寂しい。宇宙船はほとんど自動化されているから、一人でも飛ばせてしまう。そんな宇宙船に無駄にクルーをたくさん乗せるほど、俺の雇い主は儲かってはいなかった。


 俺は考えた。

 まず、このニオイはなんだ?


 ニオイを言語化するのはとっても難しい。

 スッとする、ツンとする、モヤっとする、ゴミみたい、酸っぱい、ちょっと甘みがある、甘酸っぱい、カビ臭い、焦げ臭い……


 どれも違うようで、どれも合っているような、そんなニオイだった。そもそも、日本人の俺と、外国人、また異星人で表現も違ってくるだろう。ニオイとはなんとも難しい。


 だが、とにかく不快だ。どうにかしたい。


 俺は発生源について考えることにした。

 昨日まではこんなニオイはしなかった。荷物は昨日降ろしたのだし、積んでいた時も問題なかった。


 では、燃料だろうか? 

 地球の古い自動車なんかだと、ガゾリンが漏れるとニオイが車内に入ってきたりしたものだ。もし燃料漏れだったら、一大事である。


 少し考えて、俺は燃料の可能性を否定した。この時代の宇宙船の燃料はニオイがしないのだ。

 この宇宙船は異星人の技術で作られたもので、「時空間湾曲エンジン」とかいう俺には理解出来ない技術を使い、光速に近いスピードで飛ぶことができる。そして、そのエンジンの燃料が、地球には存在しない「グラビネン」という物質だ。常温で気体であり、ほぼ完全に無色で無臭。重要な物質にもかかわらず、検出に苦労するほどの無臭っぷりなのだ。

 念の為、機関室を見回るが、やはり異臭の発生源ではないようだ。ブリッジの内装にも鼻を近づけて嗅いでみるが、いつものウレタンと革、プラスチック、金属のニオイしかしない。


「とすると……やっぱりあいつか?」


 俺は最後の可能性に辿り着く。いや、本当は最初から怪しいとは思っていたのだが、あえて気が付かないふりをしていた。

 この宇宙船には、実は俺以外にもう一人乗っている。昨日、「地球に行くなら乗せてくれ」と言ってきた一人の異星人。そいつを貨物室に乗せているのだ。


 渋々乗せたそいつは、「クッサ星人」だった。


 クッサ星人が臭いのでは? と思ってしまうのは、日本人の俺にとって仕方がないのかもしれない。

 だが、それはあまりにも失礼だ。クッサ星は地球人が太陽系の外に進出するずっと前からクッサ星だったはずで、そこに住むクッサ星人もずっと昔からクッサ星人なのだ。たまたま、日本語だと異臭の発生源っぽい響きになるだけだ。


 だがニオイというのは不思議なもので、嗅ぐ人の記憶や思い込みでも印象は変化する。

 例えば、魚が身近ではない地域の人とっては、魚のニオイと動物の腐敗臭は似たようなニオイと感じられるそうだ。

 また、高級食材であるトリュフのニオイ成分だけを取り出し、何も知らない子供に嗅がせたら、「排泄物うんちのニオイだ」、と答えたなんて話もある。


 もしかすると、クッサ星人が乗っている、という思いが、無意識になんでもないニオイを臭いと感じさせているのかもしれない。

 俺はその疑念を払拭するため、貨物室へと向かった。


「すみませーん」


 俺は翻訳装置のスイッチが入っていることを確かめてから、貨物室の扉をノックした。


「はーい」


 貨物室の扉が開く。次の瞬間、俺は思わず口に出して言ってしまった。


「クッサ! やっぱりこいつだ!」


 俺は異臭の発生源を見つけた。

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