不死鳥のアッシュは空を舞うー小さな魔法屋で始まる新たな人生ー
玖蘭サツキ
序章
第0話 エルレミラの魔法屋
この世界には魔法が存在している。魔法使いはあらゆる魔法を操り、人々からの尊敬を集めていた。人々は魔法使いの知恵と力を借りて、豊かな生活を送っていたのだ。
しかし、数百年前の満月の夜、世界に異変が訪れた。魔力を持った獣――魔獣たちが突如として人を襲い始めたのだ。人々は恐怖し、逃げ惑った。だが、そこへ救世主が現れた。精霊の王、守護竜シドラが目覚めたのだ。
これに呼応し、世界各地で潜在能力を秘めた人間たちが次々と覚醒し、新たに多くの魔法使いが誕生した。彼らは従来の魔法使いと違って1種類の魔法しか使うことができなかったが、それでも人が魔獣に対抗するには十分だった。
こうして、世界は人間と獣、魔獣、そして古き魔法使いと新しき魔法使いが混在する世界となったのである。
そして、時は流れて数百年――そんな魔法世界のとある小さな国の片隅にある小さな地方都市エルレミラに“魔法屋”という店があった。この店の主人であり、かつて大賢者と呼ばれた偉大な魔法使いグラトは、長い旅に出ている真っ最中だった。
店の留守を預かるのは、2人の魔法使い。彼らはうら若いが優秀な魔法使いで、人々の魔法に関する困りごとの解決に尽力していた。なにより戦闘能力が非常に高く、魔獣退治の腕は、まるで熟練の魔法使いのようだった。
ある日の早朝――今にも朝日が昇ろうかという頃、2人の魔法使いはいつものように雑談や情報交換をしながら朝食をとっていた。
「最近、魔獣の目撃回数が多くなってきたと思わないか?」
すらりと背の高い、黒髪の魔法剣士シオンが言う。剣士と言っても、持っているのは刀だった。彼は凍てつくような鋭い視線を、目の前に座りパンをかじる女性に向けていた。彼女はクリーム色の滑らかなハネ髪とルビー色の美しい瞳、そして長く尖った耳を持っていた。
「んー、そうかな? あたしは気のせいだと思うけど」
「魔獣の力は光がない場所ほど強くなる。だが、最近の魔獣は魔力が弱まる日中だろうと、お構いなしに姿を現しているだろう? おい、聞いてるのかリシュナ」
耳の尖った女性――リシュナは、頬をぷくっと膨らませ、ふてくされたような顔をして見せた。そして「聞いてるもーん」と言って、そっぽを向いてしまった。
やれやれとため息をつくシオンを見て、リシュナは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ねぇ、シオン。グラトのさぁ――」
リシュナがしゃべろうとした途端、シオンが舌打ちをして言葉を遮った。
「グラト先生を呼び捨てにするなと、何度言ったらわかるんだ」
「え~、あたしとグラトの絆に嫉妬してるのかな?」と、リシュナ。
「グラト先生は偉大な魔法使いであり、俺たちの師でもある。もっと敬うべきだ」と、呆れ顔のシオン。
だが、リシュナはそんなこと知ったことかとでも言いたげな態度で、自分の話をつづけた。
「グラトの旅のお土産さ、今回は何を持って帰ってくると思う?」
「知るかよ」と、不満顔のシオン。
「前回はおいしいお肉をいっぱい持って帰ってきてくれたよね。その前は、よくわかんない木彫りの像! 今回も楽しみだなぁ」
「新しい弟子を連れてきたりしてな」と、シオンは半笑いでいう。
「え~、それはちょっと嫌だな……」と、リシュナが力なくつぶやいた。
「まあ、今にわかることだ。グラト先生もそろそろ帰ってくるだろう」
「どうしてわかるの? 魔力の反応でも見えた?」と、リシュナ。
「いいや、カンさ」
少し笑って見せた後、シオンは刀を背負って立ち上がった。
「もう行くの?」と、首をかしげるリシュナ。
「ああ、今日は依頼が立て込んでいるからな」
そう言って、シオンは魔法屋を後にした。1人残されたリシュナは食器を手際よく片付けると、魔法屋の正面玄関がある一番大きな部屋へ向かった。そして、そこにあるカウンターテーブルを使って、武器や防具、宝石などに魔力を込めて魔法道具を生み出す作業を黙々と始めたのだった。
――同時刻。
エルレミラの西にそびえ立つ大きな山を越えてさらに西の果てにある辺境の村で、1人の少年が目を覚ました。
少年の名前はアッシュ――彼は辺境の村で抑圧された生活を強いられている。毎日変わらぬ景色。毎日変わらぬ日常。それでも彼は、村である人を待ち続けねばならなかった。
そんな少年の日常は、ふとしたきっかけであっという間に崩れ去る。だが、それでいい。無限の可能性を秘めた少年が、小さな世界に閉じ込められているのはあまりにも不健全だからだ。
自由と仲間、魔法、そしてあたたかな居場所。それらを手にするためには、固く閉ざされた卵の殻を破らねばならない。少年は翼を広げ、大空へ羽ばたく。
少年アッシュの物語が今始まる――
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