ルミエール家の思い出

 ジャンは祈る想いで、凶暴化しつつあるロベールを見つめた。

「諦めないで! 聖なる祈りよ我に力を、ステータス・リカバリー」

 聖なる光がロベールを包み込む。白く優しい靄にくるまれて、ロベールはかすかに微笑んだ。

「温かいですね。しかし、禁忌の魔術から生まれた悪夢はあまりにも長く、凶悪です。簡単には消えません」

 ロベールは力なく答えて、床を蹴る。標的はダリアだ。短剣を向けて距離を詰める。

 カルマの大剣が短剣を弾いても、執拗に短剣を振るっていた。

「ジャン様、あなたのお気持ちは本当に嬉しいです。しかし、僕の意識は悪夢に堕ちそうです」

 首をカックンと不自然に揺らして、ロベールはジャンを見つめる。


「どうしても僕を殺してくれないのでしょうか?」


「当たり前だよ!」


 ジャンは半ば叫んでいた。

 ロベールは残念そうに溜め息を吐いた。


「困りましたね……悪夢に堕ちたら、僕があなたを殺してしまうのかもしれません」


「ジャンなら死なせませんわ。悪夢に堕ちたければ堕ちれば良いのです」


 ダリアの言葉に、その場にいる全員が両目を見開いた。

 ジャンやカルマやアムールは戸惑った。

 腰を抜かしているギュスターブは露骨に疑いの眼差しを向けた。

「ほ、本当に大丈夫なのか!? もしもダメだったらどう責任を取る!?」

「ダメでしたら、この場にいる全員が死ぬので責任を取る必要はありませんわ。今のロベールは強力です」

「無責任な事を言うな!」

 憤慨するギュスターブに、ダリアは冷めた眼差しを向けた。

「無責任なのはどちらかしら? もとを正せばあなたのせいですわ。ロベールに禁忌の魔術を掛けさせたから、おかしくなったのです」

 有無も言わさない怒気を含んでいた。ギュスターブは怯えた表情で黙り込む。

 ダリアは優雅に微笑んだ。

「まあ、ご安心なさい。きっとうまくいきますわ」

 短剣を振るい続けるロベールは困惑していた。

「僕なんて凶暴化した所で簡単に止められるという事でしょうか?」

「簡単ではありませんけど、方法はあると思いますわ」

 ダリアはゆったりと両手を広げた。

至高の令嬢ハイエスト・レディーとして誓いますわ。あなたもジャンも死なせません」

「そうですか……頼もしいですね」

 ロベールは弱々しく笑った。禍々しい雰囲気がより濃くなっていた。

「お任せします。どうかジャン様だけでも救ってください」

 そう呟いて、ロベールは両目を閉じた。

 黒いオーラが、ロベールの身体から噴き出す。短剣を振るう速度が増し、身のこなしも今までの比ではなくなった。

 大剣で受け止めるカルマの顔が青ざめた。


「ルミエール家の加護が消えたみたいだぜ」


 ロベールの短剣は、何度も大剣と刃をぶつける。

 しばらくするうちに、信じられない事が起きた。

 大剣にヒビが入ったのだ。

 カルマが絶叫する。

「嘘だろ!?」

 ロベールは短剣で、カルマの大剣の同じ所を何度もぶつけていた。カルマが手元に感じる衝撃も、身体が震えるくらいに凄まじい。

「おい、これ以上は俺が持たないぜ!?」

 カルマが叫ぶ。

 ダリアはゆっくりと頷いた。


「そろそろいけそうですわ。暗き祈りよ我に力を、タイムストップ」


「それは効かなかっただろ!?」


 カルマの言っている事は正しい。

 ダリアの魔術はロベールに効いていなかった。しかし、ダリアの余裕は消えない。

「過去の話ですわ」

 事実、ロベールは動きを止めていた。床に足を縫い付けられたかのように、どんなに踏ん張っても動けないでいる。

 カルマは、へ? と間の抜けた声を発した。


「なんで効いたんだ?」


「ご自分でおっしゃったでしょう。彼を守護していたルミエール家の加護が消えたからです。ルミエール家の加護が消えたから悪夢に吞まれやすくなりましたけど、魔術も効くようになったのですわ」


 ダリアが上品に笑うと、ジャンは両目を輝かせた。

「すごいよダリア、よく気づいたね!」

「本番はここからですわ。ジャン、あなたも頑張りなさい」

「そうだね、僕も頑張って聖術を掛けるよ!」

 ジャンは深呼吸をして、両手をロベールに向ける。

「聖なる祈りよ我に力を、ステータス・リカバリー」

 ロベールから噴き出す禍々しい雰囲気が白い光と混ざり、わずかに弱まる。しかし、消えるには至らない。

 ジャンはうめいた。

「どうすればいいんだろう」

「ここまで来れば簡単な話ですわ。ロベールを悪夢から解放させるのです」

 ダリアは平然と言うが、ジャンは首を傾げた。

「簡単なの?」

「彼はルミエール家を失った事に酷くうなされていました。ルミエール家の思い出をもう一度与えれば良いのです」

 ダリアがジャンの背中をそっと押す。


「ロベールとの思い出を語るのも良いかもしれませんわね」


「そうだね……ロベールはずっと辛かったと思うけど、ルミエール家にいる間は幸せだったと思う」


 ジャンがロベールに歩み寄る。

 短剣を握るロベールの手を取り、微笑みかける。

「君は本当に優しくてしっかりものだった。僕がいたずらをして怒られた時も、一緒にいてくれたね」

 ロベールは返事をしない。しかし、心なしか禍々しい雰囲気の勢いはそがれていた。

 ジャンは言葉を続ける。

「悲しかったり辛かったりしたら、言っていいんだよ。もちろん、無理にとは言わないけど。また君とお話したいな」

 ロベールは口を半開きにするが、言葉を紡げないでいる。

 ジャンは力強く頷いた。


「君は充分に頑張ったんだ。少しくらい休もう。大丈夫、僕が君を支えるから。聖なる祈りよ我に力を、ルミエール・リカバリー」


 ジャンとロベールを中心に、眩い光が生まれた。温かく、優しい光だ。

 光はエントランス中はもちろん、屋敷の外にも届いていた。

 禍々しい雰囲気は霧散していた。

 ロベールの頬元に雫が伝う。短剣を落とし、全身が崩れ落ちる。

 ジャンはロベールの身体を優しく受け止めて、ゆっくりと床に寝かせた。


「いい寝顔だね。僕と遊んだ事も思い出してくれたのかな?」


 ジャンが無邪気に囁いた。

 眩い光はやがて消えていく。

 ロベールはスヤスヤと寝息をたてていた。

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