ロベールの執着
ロベールは恍惚とした笑みを浮かべる。
「ようやくこの日が来ました。本当に長かったと思います」
笑みを浮かべたまま、短剣を縦に振るって、アムールの握る槍を弾く。ロベールは身体のバネを利用して、バランスを崩したアムールに体当たりをした。
アムールの身体は疲労とダメージを蓄積していた。そのためか、アムールはなすすべなく、苦悶の表情を浮かべて倒れた。
ジャンが悲鳴をあげて、カルマが呆然とする。
「身体の使い方が見事すぎるぜ。本当に戦闘経験がないのか?」
カルマの問いかけに、ロベールは首肯した。
「グラン様の戦う姿を拝見しておりましたが、戦闘経験はありません。僕が強いとしたら、おそらく禁忌の魔術のおかげでしょう」
ロベールは淡々と告げて、ゆっくりと歩き始める。倒れている黒ずくめの人間たちを踏まないようにしていた。
「禁忌の魔術を掛けられた日から、悪夢にうなされ続けました。燃えるルミエール家、優しかった人たちの悲鳴、尊敬していた人たちとの永遠の別れ……起きているはずの時間にも、そんな悪夢を強制的に見させられました。唯一の救いは、ジャン様の身代わりになれた事です」
ロベールは虚ろな目でジャンに微笑みかけた。
ジャンは両目を潤ませた。
「僕を庇うために散々な目に遭ったんだ。辛かったね」
「あなたを守るためなら構いませんでした。すぐに自我を失わなかったのはルミエール家の加護があったのだと思います。しかし、それも時間が経つと共に薄れていました。ルミエール家自体が滅んでいるのだから仕方ないのですけどね」
ロベールは歩きながら腕を伸ばし、短剣を真っすぐにダリアに向けた。
「ジャン様が
「短剣を向けるのをやめてくださる? 私の事をお嫌いなのかしら」
ダリアは額に汗を滲ませた。
ロベールは軽く首を横に振った。
「嫌いとは違います。強いて申し上げれば、羨ましいと感じたという所でしょうか。あなたは何もかもを手にしています。魔力、美貌、人々からの尊敬、そしてジャン様を幸せにできる力……だから、僕は安心しました」
ロベールは足を止めた。
「僕はもう悪夢に自我を奪われてもいいと」
ロベールが床を蹴る。短剣が一気にダリアに迫る。
ダリアは魔術を放つ。
「暗き祈りよ我に力を、タイムストップ」
この魔術で動きを止めない人間はほとんどいない。それほど強力な魔術だ。
しかし、ロベールの突撃が止まらない。
「ルミエール家の加護がまだ生きています。僕に魔術は簡単には効きません」
ロベールの動きは俊敏だ。ダリアは避けようがない。
ダリアは怪我をするのを覚悟した。
しかし、痛みを感じる事はなかった。
エントランス中に金属音が響き渡る。ロベールの短剣を、カルマの大剣が受け止めていた。
カルマが口の端をあげる。
「いい音がしたぜ。まともに食らったら身体の一部が切断されただろうな」
「お褒めに預かり光栄ですと申し上げたいのですが、あなたに殺されたくはありません」
ロベールは感情が窺えない表情で、短剣に体重を掛けて大剣を押す。
「僕は死に方を選びたいのです。身勝手な願いかもしれませんが」
「死に方を選ぶなんて、戦士の考えそのものじゃねぇか。あんたは才能があるぜ」
カルマは大剣を押し戻して、二ヤついた。
「このまま死ぬのは勿体ないぜ!」
大剣に力を込めて、短剣を弾く。ロベールは咄嗟に後ろに跳んで衝撃を逃がした。
ロベールは短剣を胸の前で構える。
「言葉足らずでしたね。積極的に死にたいわけではありません。悪夢にうなされる日々を終わりにしたいのです。本当に自我を失う前に一生を終えたいのです。ジャン様、あなたの手で」
「僕の手で……?」
ジャンは呆然とした。
ロベールはかすかに頷いた。
「僕の自我はいつか崩壊します。その前に、あなたの事を覚えている間に、悪夢から解放されたいのです」
「そんなの、できるはずがないよ!」
ジャンは首を何度も横に振った。
「僕が君を殺すなんて、残酷でバカげているよ。禁忌の魔術を破る方法はきっとあるから、一緒に頑張ろうよ!」
「やはりあなたは優しいままですね。安心しました。どうかお幸せに」
ロベールの口調は、弱々しかった。
徐々に両目は吊り上がり、禍々しい雰囲気をまとい始める。
凶暴化の前兆である。
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