最高の出会いのために

 ジャンはダリアに駆け寄った。

「すごいよ! 神龍を追い払うなんて」

 満面の笑みを浮かべるジャンに対して、ダリアは優雅に微笑んだ。

「私のスローライフを邪魔するものを排除しただけですわ」

「そう言って、僕たちを守ってくれたんだよね。ありがとう」

 ジャンが素直に御礼を言う。

 悪い気はしない。

 しかし、ダリアは首を横に振った。

「御礼を言うべきなのは私ですわ。死に戻りを指摘された時に、皆さんがいなければ精神的に折れていました」

 死に戻りは禁忌の中の禁忌だ。自分の命と世界の存在を引き換えに、時を戻すものだ。


「死に戻りは、決して手を伸ばしていいものではありません」


「確かに死に戻りが正しいとは言わないけど……死に戻るしかなかったのなら、ダリアをそこまで追い込んだ人も悪いと思うよ」


 ジャンが憐みの視線を浮かべる。

 その視線が、ダリアには痛かった。

 ダリアが死に戻りに手を伸ばした理由は、当時の最愛の人ロベールとの関係をやり直したかったからだ。

 ロベールの笑顔を見たかったからだ。

「悪いのは私ですわ」

 ダリアの声はか細かった。

「死に戻る前の私は殺されても文句を言えないような人間でした。今もそうかもしれませんわね」

「そんな事ないよ! ダリアはトッカータ村を救った英雄だよ!」

 ジャンが何度も首を横に振る。

 ダリアは肩を震わせた。


「あなたの純粋な優しさに救われますわ。でも、ロベールを殺人にいざなった私に落ち度があるのです」


「ロベール……?」


 ジャンが両目を見開いた。

 口を半開きにして、固まっている。

 カルマがジャンの肩をゆする。

「おい、大丈夫か?」

「僕は大丈夫だよ……でも、ロベールがダリアを……?」

 ダリアは思わず、自らの口を両手で押さえた。

 ジャンはショックを受けている。余計な事をしゃべってしまった。

 ダリアは震えながら首を横に振った。しかし、言葉が出ない。

 何でもないなんて、嘘を言えない。誤魔化す事もできない。

 カルマがジャンとダリアを交互に見て、首を傾げた。

「ジャン、ロベールを知っているのか?」

「……忘れないよ。昔僕とよく遊んでくれた子だ。家が燃えた日に離れ離れになったけど」

 ジャンは自分の両肩を抱きしめた。

「その時、僕は家がどうして燃えていたのか知らなかったし、僕と母さんだけ家から離れる理由も知らなかったけど……あとでガイ父さんから聞いたんだ。反逆の汚名を晴らせずに、襲撃されたって」

「なるほどな……」

 カルマは頷いた。

「たぶん、ロベールはあんたの身代わりにされたな。そのおかげであんたは逃げ延びたわけだ」

「そうだろうね……ロベールに可哀そうな事をしたよ」

 ジャンは声を震わせた。


「僕はロベールに会いたいけど……死に戻る前のダリアを殺したなんて、何があったんだろう」


「……私が国民を犠牲にして贅沢をした挙句に、国民をないがしろにする発言をしたからですわ」


 ダリアはやっとの事で言葉を紡ぐ。

「その時の私は、フランソワ王太子から婚約破棄と国外追放を言い渡されて、鼻で笑ったのですわ」

「そうなんだ……それで、ロベールが手を汚したんだね」

 ジャンは俯いて、震えた。

 ダリアは後悔した。

 ジャンが悲しむ顔を見たくないのに、ジャンを悲しませるような事を言ってしまった。死に戻る前の事を正直に言っただけであるが、胸が激しく痛む。

 ダリアは両手を震わせて、自分の胸の上に置いた。

「本当に……ごめんなさい。私の罪は何をしても償えるものではありません。でも、これだけは信じてほしいのです。私は皆さんを悲しませたくありませんでした」

「そうだよね。ダリア、やっぱりあなたは綺麗で立派な女性だよ」

 思わぬ言葉を耳にして、ダリアはジャンを見つめる。

 ジャンは微笑んだ。

「僕は何も知らないのに、嘘も誤魔化しもやらないなんて。嬉しいよ、本当に気を許してくれているんだね」

「それはそうでしょう。あなたは私を大切にしていつも支えてくれましたもの」

「それはお互い様だよ。僕だってダリアのおかげで自信がついたから」

 ジャンは自分の胸をドンと叩いた。

「僕はすごい! 僕に認められているダリアもすごい!」

 ダリアは片手で両目をぬぐった。

 勝ち気な赤い瞳が潤んでいた。

「ロベールとの出会いをやり直したかっただけで、死に戻りを行った私がすごいなんて……」

「僕は死に戻る前のダリアを知らないけど、断言する。ロベールも幸せだよ。こんなに素敵な女性の想い人になるなんて。羨ましいなぁ」

 ジャンは声を出して笑った。


「きっと死に戻りは、ダリア自身が変わるためのものだったんだよ。ロベールが魅力的に感じる女性になるために」


「そういえば……」


 言われてダリアは、思い当たる事があった。

 ダリア自身はロベールの笑顔が失われた時を分かっていない。死に戻るべき瞬間を見失っていた。

 しかし、現に死に戻りは行われていた。


「ロベールとの出会いをやり直せる機会に恵まれていますわ」


「それもとびっきり素敵な女性として!」


 ジャンの笑顔がほころんだ。

「今のダリアを見れば、ロベールは喜んでくれるよ。とても性格の良い子だから」

「ありがとう、自信を持てましたわ」

 ダリアは力強く頷いた。

「ロベールが今はどこにいるのか分かりませんけど……きっと会えますわ」

「そうだね、きっと最高の出会いになるよ!」

 ジャンは頭の上で両手を叩いた。

「せっかくだから、感動のご対面をみんなで拝みたいな」

「野暮な事はやめようぜ。二人が出会う時には、俺たちは隠れるべきだ」

 カルマが口を挟んだ。

「俺もロベールがどこにいるか分からなねぇが……ひとまずフロンティア家に行かねぇか? ギュスターブ公爵かグランから情報を得られると思うぜ」

「僕もそう思う。ロベールは王都で評判の召使いだと聞いた事がある。ギュスターブ公爵とグラン様が何も知らないとは思えない」

 アムールも頷いた。

 ダリアは優雅に微笑んだ。

「それでは行きましょう。フロンティア家へ」

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