第56話 ラダン1
俺はやり場のない怒りでどうにかなりそうだ。
愛するシャロアと婚約を無効にされるなど思ってもみなかった。
王家には恨みしかない。
貴族達も貴族達だ。我が家に全てを押し付けやがった。喜んでいるのは元王女だった女ただ一人。
エリアーナは意気揚々とサロンのソファに寝っ転がって一人喋りを続けている。彼女は侯爵家に押し込まれるようにやってきた。早々に王宮から追い出されたのだろう。
それもこれもエリアーナが俺に薬を盛ったせいだ。
イライラしながら彼女の様子を見ていると。
「ラダン様っ! ようやく本当の夫婦になれましたわっ! ふふっ。お父様のおかげですわ」
浮かれている女の首を絞めたくなったのは言うまでもない。
「……お前を今すぐこの手で殺してやりたいが、まだ生かしておけと言われている。殺されたくなければ黙るんだな」
俺の怒りにはじめて気づいたようだ。だが、王女は怯むどころか怒り始めた。
「折角私を手に入れたというのにどういう言いぐさなの! あきれたわ。お父様に言いますからね! まさか、あの女のせいね……」
「……あの女とはどういう事だ?」
俺が口に出すと更にエリアーナは激高し、茶器を投げつけ始めた。
「あの女のせいよ!! ラダン様が私を見てくれないのはあの女が死ななかったからだわ! 死ねば良かったのよ! 死ね! 死ね!」
俺は止める事無くエリアーナに軽蔑の視線を送った。愛するシャロアと無理やり別れさせて彼女を殺そうとするエリアーナ。この女が喚けば喚くほど殺してやりたい衝動に駆られる。
「ラダン様、なりませんよ」
横から執事の声で思いとどまった。エリアーナは叫び疲れたのか肩で息をしながら睨みつけてきた。
「ふふっ。私が欲しいでしょう? 美しい私はラダン様にお似合いなの。美男美女、素敵な夫婦よね。皆、羨ましがるわ! そうだ、お茶会を開きましょう?私とラダン様の幸せな姿を見せつけるべきですわ」
嬉しそうにするエリアーナに嫌悪感しか湧かない。
今まであった令嬢、いや人間の中でもこの女は屑な部類に入る。母はエリアーナが来たという事で執務室からサロンへと急いできたようだ。
父は領地の用事で数日は戻ってこられないため、今は母が侯爵代理となっている。
「母上、このような事になり申し訳ありません」
「……構わないわ。我が息子ながらに頑張ったと思うわ。ただ、相手が悪かっただけ」
「義母様っ! 今日からよろしくお願いしますわ。
私とラダン様の夫婦の寝室はちゃんと準備されていますの? 私はレースをあしらった可愛い家具を揃えて欲しいと希望を出していたのですが。
あと、お茶会も準備して欲しいわ。私の名を使えば大喜びで皆集まるはずですわ」
エリアーナは屈託のない笑顔で母に告げているが、母は彼女の要望を聞く気はないようだ。
「義母様と呼ばれたくないわ。犯罪者と縁を持ちたくなかった。
王命だから仕方なく受け入れただけ。貴方の部屋は客間に用意しているからそこで当分は過ごしなさい。
ベルナルト、彼女を部屋に連れて行きなさい」
「畏まりました」
「なんですって!? お父様に言いつけてやるんだからっ! こんな家、すぐに取り潰しになるわ!」
執事のベルナルトが侍女に連れていけと合図する。侍女と共にエリアーナを部屋に連れて行こうとするが、彼女は嫌がり、暴れたので護衛と共に彼女を押さえつけて部屋に放り込む事になった。
今の状況は最悪といってもいいだろう。
俺はシャロアとの婚約を無効にされ、騎士団で働く気が無くなったため、先日退職の届けをまた出した。団長からは仕方がないと苦い顔をして受理された。
エレゲン伯爵にどうしても連絡が取りたかったのだが、あちらはあちらで王家がやらかし、怒髪天を突いた状況だ。
ただでさえ婚約を無効にされて苛立っていたのにも拘わらず、王女から愛娘に暗殺者が差し向けられたのだ。
エレゲン家を敵とみなした王家。
代々王家に忠誠を誓っていたのにこの仕打ち。
許せるはずがない。
王宮に運ばれた遺体を見た時の騎士や衛兵の顔は忘れられない。騎士団に所属する爵位のある騎士達は一斉に王族を警護することを辞めた。
俺を犠牲にしてなんとか取り繕おうとしていた貴族達もこの件で陛下を庇いきれなかったようだ。
ミローナの剣を自ら切り捨てたら自滅しか残されていないからだ。
すぐに王妃、王太子、王太子妃はエレゲン伯爵に土下座し、謝罪を述べたのは言うまでもない。
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