第50話
この街では貴族が居ないので泊まる宿が平民用しかないらしく、王弟殿下の邸に泊って欲しいと言われたわ。遠慮するのもどうかと思ったので私達は有難く泊まらせてもらうことにした。
クロシューロルの街には馬車で一週間ほど掛ると言われていたけれど、フラーヴァルの街は整備されていたこともあって三日で着くことができた。そして山間部は茶畑が広がっているが、少し離れた場所には温泉も湧き出しているらしく、街には平民用の公衆浴場と呼ばれる施設があった。
平民は低料金で入れるため毎日温泉に入る人が殆どなのだとか。もちろん殿下の邸でも温泉が引かれており、私達も温泉にゆっくり浸かった。
「シャロア様、この温泉は美肌になる泉質だそうです」
侍女がどうやら街のことや温泉のことを聞いてきたようだ。そして温泉水を使った料理でもてなしを受けた。
「素晴らしいですね。料理もとても美味しいです」
私も母も料理に舌鼓を打っていると、料理長は笑顔で一つ一つ説明してくれる。どうやら昔、この地はあまり作物が育たなかったらしく、貧しい村だったらしい。そこで殿下がこの地に根付く作物を試しては失敗する。
試行錯誤を繰り返し、ようやく実ってきたのだとか。お茶の木も平地ではなく山間部で育てる事で香りの良いものになったらしい。そして邸にいる使用人達に聞いても皆、殿下は努力家で民のことを思っている素晴らしい人だと言っていたわ。
ここの邸では王弟殿下の評価は高いようだ。
私達は部屋でゆっくりと三日間ほど過ごした後、街へ観光に出掛けることにした。もちろん直轄地のため案内役の従者が付いている。街に出てみると活気のある街のようだ。人々もどこかしら穏やかな表情をしている。
「お母様、この街はエレナの街とは違って素敵ですね。活気があるし、平民は皆元気そうですね」
「そうね。ここは衣食住に困る事のない生活をしているのかもしれないわ。安定した生活は人々を穏やかにするもの」
私は母の言葉に頷く。そして街の食堂街に差し掛かった時、一人の男の子が果物を抱えながら走っているのを見つけた。私達の前を通り過ぎようとした時、男の人とぶつかり果物を落としてしまった。
「おい、坊主。大丈夫か?」
男の人は子供に手を差し伸べて心配している。男の子は落として潰れてしまった果物を見て声をあげて泣いている。
「うわーん! ママのっ、ママのなの。どうしよう。ぼく、ぼく……」
するとその声を聞いた周りの大人たちが集まり始めた。
「坊主、これはお前の母のために買ったのか?」
「う、うん。ママが病気だから僕、お小遣いで買ったの」
するとその男の人は子供の頭を撫でて。
「よし、もう一度買いに行こうか。俺が買ってやる」
「おじさんありがとう!!」
子供は泣くのを止めておじさんと手を繋ぎ果物を買いに店に戻ったようだ。
私と母はその光景を見て驚いた。
平民の子供がお小遣いを持てるほどの余裕のある暮らしが出来ていることに。それにぶつかった見知らぬ男の人を信用するほどの治安の良さ。
貧しい街では果物を道に落としただけでもそのまま盗まれて食べられてしまう。お小遣いなんてもっての外。ぶつかった相手に喧嘩を売り、お金をせしめようとする。
そんな村や街をいくつか見てきた私にとって衝撃を受けたの。
「あの平民達は裕福なのかしら?」
私は従者に聞いてみたが、従者は驚くこともなく答えた。
「いえ、あれがこの街では一般的な平民だと思います。殿下がこの地を開発するまではこの街はもっと人が少なくて貧しく、浮浪者も多くいたのですが、安定した収入を得たことで街も活気づいて人々も穏やかな暮らしが出来るようになっているのです」
これはなんて素晴らしいのだろう。殿下の手腕は素晴らしいとしか言いようがない。
これには母も舌を巻いていたわ。そして私達は食堂で食事を楽しんだり、商会で買い物をして楽しんだ。見も知らぬ人達に街のことを聞いてみると、皆口を揃えてこの街が栄えたのも治安が良いのもクリフォード様のおかげだという。
彼はたまに街に出て酒場で一緒に酒を飲んだりするのだとか。王族はお忍びでしか街に出ないのだが、殿下は違うらしい。この街の皆に好かれている彼に興味を持ったのは間違いない。従者も嬉しそうに殿下の話をしていてどういう人物かは少し分かった気がする。
それから私達は一週間ほど滞在した後、王都に戻った。
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