第13話

私は家に戻るとすぐに湯浴みをしてベッドに入った。


流石に疲れが出ていたのかそのまま寝てしまったようだ。

翌朝起きて侍女を呼ぶと父から伝言を受けていたようだ。


「シャロア様、旦那様から『昨日倒れたばかりだ。今日は一日休暇をもぎ取ってあるゆっくり休みなさい』との事です」

「分かったわ。有難う」


食事も食堂には行かず消化の良い物が運ばれてきた。今日は午後までゆっくりと過ごしてダイアンの仕事が終わる頃を見計らって子爵邸へ向かうだけ。


いつぶりかな、こんなにゆっくりとした時間を過ごすなんてなかった気がするわ。


私はボーッとベッドから窓の外を眺める。これから私はどうすればいいのかな。ダイアンとの今後を考えると不安でしかない。

信用しきれない自分がいてもう駄目なんじゃないかって思う。


それでも信じたい気持ちもある。

怖い。

逃げたくなる。

都合の良い事だけを見ていたい。



自問自答を繰り返していると侍女がやってきた。


「シャロア様、お客様がお見えです。お通ししますか?」

「誰がきたの?」

「ラダン・リンデル侯爵子息様でいらっしゃいます」


私は先ほどの不安な気持ちは一気に吹き飛んだ。まさか、副団長が来るなんて!?


思っていなかった人物からのお見舞いに焦る私。


「ラダン副団長をサロンにお連れして。こっ、ここはだめ。だって私部屋着だし!」

「畏まりました」


慌てて私はワンピースに着替えて髪を解きサロンへと向かった。


「ラダン副団長、お待たせしてすみません」

「シャロア嬢、体調はどうなんだ?昨日倒れてから心配だったんだ」

「ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。あの時は精神に限界がきたようですが、もう大丈夫です! すっかりこの通り! 明日からまた仕事に復帰します」


ラダン副団長は騎士服。どうやら仕事の途中でお見舞いに来てくれたみたい。


「最近のシャロア嬢は疲れていたようだからな。婚姻前にあんな話を聞かされては令嬢としては厳しいだろう。あぁ、渡し忘れる所だった。これで少しは元気になるだろうか」


副団長はそう言うと持っていた袋から出してきたのは小さな箱。


「開けてもいいですか?」

「大したものじゃないんだが」


私は箱を開けると、ポケットサイズの小さな猫のぬいぐるみが入っていた。


「可愛いっ!」

「少し幼すぎたプレゼントだと思ったんだが、この猫を見た時にシャロア嬢に似合うと思ったから買ってきたんだ」


私は嬉しくて猫のぬいぐるみを思わずギュッと抱きしめた。


我が家は武人一家なのでこんな可愛い物をプレゼントしてくれる家族はいないのよね。残念ながら。ずっとぬいぐるみを持つ事に憧れていた時期もあった。大人になって我慢しようと思っていたの。

嬉しい。

本当に嬉しい気持ちで飛び上がってしまいそう。

ダイアンがくれる贈り物は髪飾りや指輪などの装飾品や花が殆ど。貴族令嬢が喜ぶものよね。私だって貰ったら嬉しいわ。でも,なんていえばいいのかな。


表現しづらいけれど、ラダン副団長は私の好みや調子をよく見ていて私が欲しい言葉をくれる。


今も私が欲しい物を的確に用意してくれた事がとても嬉しくて、嬉しくて。


「ラダン副団長! 有難うございます。こういうのずっと欲しかったんです。我が家は脳筋一家だから小さな頃から木剣や馬の乗り物のおもちゃ、鎧がプレゼントでぬいぐるみを貰った事がなかったんです! 嬉しい。持ち歩いてもいいですか? いやパートナーにしてもいいですか?」


私の言葉にラダン副団長はフッと笑った。


「あぁ、好きにして構わないと思うぞ? 随分前にクレートがシャロアは女の子のおもちゃを与えられなかったと言っていたのを思い出したんだ。気に入ってくれてよかった」

「一生大事にしますね」

「大袈裟だな」


「本当に嬉しいんです! そういえば、仕事の方は大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。事件は発生していないし、平和そのものだ」

「そうなんですね。良かった」

「さぁ、もう休んだ方がいい。無理してまた倒れたら大変だからな」

「わざわざお見舞いに来ていただいて有難うございます。嬉しかったです」

「無理はするなよ?」

「はい」


ラダン副団長は仕事の途中で抜けてきたようなのでまた戻るようだ。


玄関まで見送った後、私は自室に戻る。

ベッドの上でゴロゴロと転がりながら先ほどもらったぬいぐるみを眺める。可愛い。これならずっと胸ポケットに入れる事ができるし、仕事中でも持ち歩けそうよね。


目のくりくりとした茶猫のぬいぐるみ。

はぁ、可愛い。ずっと欲しかったぬいぐるみ。頬ずりしながら喜ぶ私。


今度給料が入ったらもう少し大きいぬいぐるみを買おうかな。兄達から必要ないだろうと言われるのが目に見えているけれど、こっそり買ってベッドに置いておくわ。


もう大人だからこれくらいの自由は許してくれるに違いない。小さな頃は欲しくて強請ってみたけれど、剣術に必要ないと買ってもらえなかったの。母に言っても淑女には必要ないわねぇと渋られて刺繍セットを私に買ってくれたの。


脳筋一家は超合理的で不要な物は一切買わない。だからといってケチではないのよ? 剣や装備にかかる費用は惜しまないの。


私はぬいぐるみを貰って有頂天になっている間に時間はやってきたようだ。

あれほど不安になっていた私はぬいぐるみ一つで不安が吹き飛ぶなんて現金よね。

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