第7話
残り数枚となった時、どうやらダイアンが帰ってきたみたい。
「シャロア! 遅くなってごめんっ!」
「ダイアン、貴方どこへ行っていたの?」
私よりも先に夫人がダイアンを叱る。
「母上、すみません。職場の先輩で大事な相談があると言われたので……」
ダイアンが言葉を濁す。
そして、私は気づいて眉を顰めた。どうやら夫人も気づいたようだ。
ダイアンから女性物の香水の香りがする事を。
……まさか。私は一気に血の気が引く。
うそよね……?
私は怖くなって口を開く事が出来なかった。
「ダイアン、貴方、誰と会っていたのかしら?」
「だから職場の先輩だと先ほどから言っていますよ」
「……早く身体を洗って来なさい。臭くて仕方がないわ」
夫人がそう言って初めて気づいたようだ。
「ちっ、違うんだ。シャロア! ごめん!」
「……何が違うの? 彼女と、会っていたの?」
「えっ、いやっ、そのっ、違うんだっ。これには理由があって」
動揺しながらも否定しないダイアン。
「ダイアン、貴方、シャロちゃんと先輩どちらを優先すべきなのかしら?」
「それはもちろんシャロアです」
「なら、何故朝からホイホイと出て行ったのかしら? 婚約者よりも大事な相談って何?」
夫人はテーブルに置いていた扇子を持ち、パシパシと手を叩いている。私の代わりに言ってくれているのだと思う。そう思うと、涙が出てきた。
私ってこんなに弱い女だったのかしら。もっと強くて、誰よりも強くて母のように涙はみせずにしっかりとしていたはずなのに。
「!! シャロア!?」
涙する私にダイアンは驚いた様子。
「……夫人、ごめんなさい。今日は、もう、帰ります」
「シャロちゃん……。私こそごめんなさいね。ゆっくり休みなさい。後はこちらの方で処理しておくわ」
私は素早く立ち上がり、夫人に一礼した後、ダイアンを見ることもせずに急ぎ足で部屋を出た。
「シャロア様、馬車を用意しております。今日はお乗りください」
執事が気を利かせてくれたみたい。泣きながら家に帰るのは色々と問題がある。
「有難う」
私はご厚意に甘えて馬車で送ってもらうことにしたの。私が馬車に乗り込むまでも、乗り込んでからもダイアンは追いかけて来ることは無かった。
きっと彼の中で私はそれくらいのものでしかないのだろう。そう思うだけでもまた涙が出てきた。
いけないわね。こんなに悲観的になっては。
私は泣き顔を見られたくなかったから邸に帰ってすぐに自室に篭った。
でもそこは武人一家。
部屋から出てこない私を心配した侍女が執事に相談し、執事から母へと伝わったようだ。ドンドンッと扉が叩かれガチャガチャと鍵を開けて入ってきたの。
「アルモドバル子爵夫人からの手紙を読んだわ。辛かったでしょう」
泣いている私を慰めようとしているのは分かるけれど、今はそっとしておいて欲しかった。
「そうだ。俺と今から素振りをしよう! 身体を動かせば心も晴れるぞ!」
部屋に一緒に入ってきたジルド兄。デリカシーの欠片もないわよね。
仕事はどうしたのよ……。
悲しい気持ちと憤慨する気持ちがごちゃまぜになる。泣いていいのか怒っていいのか分からない。
「ジルド兄様……。今はそんな気分じゃないわ。今は放っておいてっ」
ぐすぐすと鼻を鳴らしながら兄に言うと、兄は問答無用で私の腕を引き歩き始める。母は兄を止めないようだ。
「心配ない。お前は前だけ見ていればいい。泣くな。泣いて動けなくなればそれだけ敵の思う壺だ」
そして庭に連れてこられた私。
我が家の庭はほぼ訓練場となっていて赴きのある庭とはほど遠い。立てかけてあった木剣を兄は取り、一本を私に投げて寄こす。
「泣いていてはやられるぞ?」
そう言って私に切りかかってくるジルド兄。兄は本気だ。
こうなると絶対に躊躇せずに切りかかってくるのが兄。大怪我をしてもお前のせいだと言われてお終いなの。私は兄の一撃を反射的に避け反撃する私。
悲しいかな、私も騎士として染み付いている。
そうして打ち合いが始まる。兄達はいつもこうして私を慰めようとしてくれる。大分方向が間違っているとは思うの。
私だって場所を変えればドレスで着飾る伯爵令嬢なのに。不器用な兄の気持ちがまた心苦しく思う。長い打ち合いの後、兄はニッカリと笑った。
「シャロアに泣き顔は似合わない」
泣き止み、ジルド兄と部屋へと戻った後、笑顔で母が待っていた。
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