第4話
「シャルロア、そんな言い方しなくてもいいじゃないか。アンネリア嬢が怖がっているだろう?」
「……あら、婚約者の前で仲睦まじげな様子を見せられて怒らないとでも?」
「嫉妬してくれているんだ」
「えぇ、嫉妬よ。私は嫌よ。アンネリア・ラッスカ男爵令嬢様、彼には近づかないでくださる?」
「わっ、私はダイアンに相談に乗ってもらっただけなのっ」
「あら、ダイアンは名を呼んでもいいと言ったのかしら? 婚約者の私がいながら許可したの?」
「……いいや、彼女が勝手に呼び始めたんだ」
「止めなかったのね」
自分でも喧嘩っ早いと思うけれど、これは最初の間にきっちりと言っておいた方がいいのではないかと思ったの。
庇を貸して母屋を取られるのは避けたい。
恋人が他の人と親密そうにしているのを見るだけで嫉妬する私の器量は狭いのかもしれない。
でも、嫌なものは嫌なの。
ましてや相手の女は跡取りを狙っているという有名な女。私の意思表示はきっちりしておきたい。
「そこまで言わなくてもいいんじゃないか? 彼女はただ相談したかっただけだろう?」
「ダイアン、器量が狭くてごめんなさい。私は彼女と仲良くして欲しくないわ。婚約者がいるというのにこんなにも近い距離で話すことかしら?」
「そんな事言わなくてもいいだろう? 彼女は相談に乗って欲しいと俺に言ってきただけなんだ」
「……そう。貴方は彼女を庇うのね。もう、知らない」
私は食堂を出ていく。
このまま頭に血が上ってどうにかなってしまいそうだったから。
悲しいやら許せないやら嫉妬する気持ちが混ざって苦しくなる。
どうして彼女を庇ったの?
結婚まであと半年だというのに。
私はそのまま練習場へ向かった。練習場の入り口に置かれている木剣を取り、一心不乱に素振りをする。
学院の頃はクラスの令嬢達と話をするダイアンを見てもなんとも思わなかった。けれど、アンネリア嬢と話す彼を見てとても嫌な気持ちになったの。
女の勘というものなのかしら。
あの令嬢は確かに女の私から見て嫌な女だとすぐ分かった。きっと先輩たちの言っていた噂通りの令嬢なのだろう。
私達は今年十八歳。彼女は二十二歳だったかな。令嬢としては行き遅れ。
高位貴族を狙い続け行き遅れになった彼女は本気でダイアンの事を狙ってきているのだと思うと怖くなる。負けたくない。
邪念を払おうと素振りを続けても考えてしまって素振りを続ける事が出来ない。
ふぅと一息吐いた所でお昼の鐘が鳴った。
あぁ、考えたくないのに頭の中はあの二人の事で一杯になる。
重い足取りで木剣を置いて詰所に戻ると、待ち構えていたようにラダン副団長が立っていた。
その後ろに長兄ジルドと次兄クレートの姿が見える。いつも第一騎士団で忙しくしている兄達が第二騎士団にいる。
……逃げよう。
私はクルリと方向転換し、歩き始めたところで肩を捕まれる。
「おいおい、我が愛しき妹よ。俺達の姿を見て逃げるとはどういう事かな? 兄は悲しいよ」
大男がヨヨヨと泣いて見せる。
「兄様! 絶対そんな事は思っていない。私をからかいに来たんでしょう!?」
「ハハハッ。分かっているじゃないか。シャロア、お前の話で持ちきりだよ。明日には王宮中に広まっているだろうな」
「……兄様、ごめんなさい。ついカッとなってしまって」
「仕方がないさ。あの女に注意しなかった俺らの落ち度だ。俺達からダイアンに話しておこう。こういうのは他から言っても聞きやしないがな! でも、まぁシャロアと二人で話してもこじれるだけだ。
お前はこの後すぐにアルモドバル子爵夫人の所へ行って説明してこい。子爵はもう耳にしただろうから」
「……はい。兄様」
私は素直に兄の指示に従う。
「ラダン副団長、申し訳ありません。午後からお休みをいただいても良いでしょうか?」
「あぁ、構わない。今は暇な時期だしな。団長にも伝えておく。シャロア、大丈夫か?」
「……お気遣い有難うございます。まだ混乱している部分はありますが、元気は、元気です。……では失礼します」
ラダン副団長はいつも私を心配してくれるいい人。
クレート兄様と同じ歳で今年二十三歳。副団長は侯爵子息で私から見てもハンサム。
令嬢達からの熱い視線はいつもの事で追いかけられたり、付き纏われたりした過去があり、女性に苦手意識があるのだとか。
副団長の中で私は妹の部類に入っているようで親身になってくれている。
何故兄様が夫人の所に行けと言ったのかというと、それはもちろん婚家に対してのお詫びのため。あのような場所でお騒がせして申し訳ありませんでした、と。
後は婚約者が浮気しそうだ、手を打って欲しいと知らせるために。やはり親に相談して諫めて貰うのが良いとの判断なのだと思う。
恋愛結婚とはいえ両家とも結婚式前でなるべく破断にしたくないのだから。もし、彼女との付き合いを断たなかったらどうなるんだろう。婚約破棄なのかな。
それはそれで辛いなぁ。
色々な考えが浮かんでは消えていく。
私は重い足取りで子爵家へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます