第13話 勉強は一人でやるものだ。

「えー今月末にはね、模試がありますからね。みんなね、まあ普段からやってるとは思うけどね、受験生だから。まあね、しっかりと、えー、備えておいてください。」

 終礼の途中、担任が脂汗を拭きながら喋っている。黒縁のメガネが彼の蒸気にさらされて曇っていた。確かに最近暑くなってきたものの、冷房が動いているこの教室で、そこまで汗をかくことがあるだろうかと外京は思ったが、担任の中途半端に膨らんだ腹を見て納得した。

 終礼が終わり教室から出ようとすると、外京は友人に話しかけられた。

「デュフッ、外京サン、あなたは結局あの女の子と復縁したみたいですねェ。」

「『復縁』って、何言ってるんだよお前。」

「いやあそうでしょう。ほら、お迎えが来てますよ。やはり外京サンは我々を置いて行ってしまうのですねェ。」

 そう言われて視線を移すと、彼は扉の向こうに廊下でたたずむ東大寺を見つけた。

「デュフッ、ぐすん、さあ行きなさい我が友よ、外京サン、あなたはもう我々の敵だ、裏切り者だぁーっ!」

 友人は叫びながら廊下に出て、走ってどこかに行ってしまった。

 それを遠目で眺めた後、外京も教室を出た。

 ショートヘアを揺らしながら東大寺が近づいてくる。

「外京君。女の子を待たせちゃだめだよ。」

「お前と待ち合わせた覚えはない。」

「もう、冷たいなあ。この前はあんなにやさしかったのに。」

 頬を膨らませながら彼女は外京の後をついていく。

 

 暖かく湿った風を浴び、駅までの道を二人並んで歩きながら、彼女は色々な話をする。

「それでね、自販機のスロットが当たって、もう一本タダで飲めたんだよー。」

「ふーん。――そういえばお前って、クラスの話とかしないよな。」

 東大寺は眉を曇らせた。

「え、う、うん……。そ、それは外京君も同じでしょ。ていうか、外京君は何も話さないじゃん。」

「お前は俺と同類って分かっただけだ。残念なやつだな。」

「ふん、外京君よりは私のほうがマシですよー。」

 ぷいっとそっぽを向いて怒って見せる。しかし彼女の表情は少し悲しそうでもあった。

「そ、それよりも……もうすぐ模試だよ、も・し!」

「知ってるよ。だから何だ。」

 面倒くさそうに外京が答えた。

「だから、勝負だよ、勝負。最初に会ったとき、約束したでしょ。」

 そういえばそうだった。こいつがついてくるのも、元はといえばその約束のせいだった。

「あ、その顔、忘れてたでしょ。私じゃ大して相手にならないからってどうでもいいと思ってたのかなー?――それとも、私のこと自体どうでもよくなっちゃったのかなー?」

 冗談で言っているようで、どこか悲しげな声だった。

「そういう訳じゃない。お前のことはちゃんと気にしてた。」

 それを聞いて東大寺は顔を赤らめながらも、嬉しそうに微笑んだ。

「そ、そう、ふへへ、よかっ……」

「お前みたいな変な奴、忘れるわけないだろ。」

「外京君、ひどい。」

 彼女はまた頬を膨らませた。

 

「そうだ、勉強会しようよ、外京君。」

 電車の中で隣に座る東大寺がそう言った。

「しない。」

 外京は迷いなく答えた。

「ちょ、ちょっと、そんなすぐに断らないでよ。」

「なんで勝負の相手に教えを乞うんだ。――というより、そもそも模試っていうのはな、普段の実力を確かめるものであって、わざわざ事前に対策するものでは……」

 外京が模試を語り始めた。かなりの長時間にわたって続きそうだ。

「そ、そうですか!わかりましたよ!――そうだよね、私がいると邪魔だよね。ごめん、変なこと言って。」 

「別にお前がいたところで邪魔にはならない。」

「じゃあなんで……」

「勉強は一人でやるものだからだ。わざわざ『勉強会』などという名目で戯れている奴らは、相当な余裕があるかもしくは、最初っから勉強する気なんてない奴らだ。」

 熱いセリフを聞いた東大寺は少しばかりの時間を使って言葉を咀嚼したあと、意地悪な笑顔を浮かべた。

「じゃあ君には、『相当な余裕』はないってことなんだね。にへへ。意外と私のこと、気にしてるんだ。いやあ、うれしいなあ。ついに外京君は私を本気で見てくれるようになったんだあ。」

 ふわふわした声が彼の心をつつく。しかし彼は動じなかった。

「はいはい、そうでーす。余裕ないでーす。」

 その様子を見て、東大寺は悲しそうな顔で弱々しく喋った。

「そうですか……じゃあいいですよ――せっかく、頑張って誘ったのに。」

 可哀想に思った外京はなぜか優しさを出してしまった。

「じゃ、じゃあ、やるか?勉強会……俺は何も教えないけどな。」

 東大寺の表情がみるみるうちに明るくなる。

「わ、やったあ!ありがとう!」

 外京は騙されたというような顔で、あきれながら言った。

「で、どこでやるんだ?」

「じゃあ、私の家……はわっ」

 言いかけて彼女は赤面した。

「(よく考えたら、男の子を自分の部屋に連れ込むなんて……フケンゼンだあっ)」

「どうした?やっぱりやめるか?」

「いや、いやいやいや、せっかくのお誘いですので……そ、そうだ、こうしましょう!」

 

 

 

  

 

 

 

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