第5話 約束は、一方向だと成立しないよね?

「はい! 仕上がりましたよ~」



先程の約束から30分ほど。

彼女の希望通りに鳴子さんによるメイクが行われていた。

泣き腫らしたすっぴんから、一つ一つ手を加えられ。

ブランド店員という「プロ」の手により、瑛梨香のメイクが完成へと至る。



「うっそ……これがあたし……!?」



鏡を見つめて驚愕の表情を浮かべる瑛梨香。

それもそのはず、そこにいたのは先ほどまでのバッチリ濃いメイクでゴリゴリのギャルではない。


月のように大きくて丸い瞳が、どことなく儚さを感じさせ。

無駄のないアイシャドウが、その気品の高さを主張している。

ただでさえ絵画のような美しい鼻と頬は、ハイライトによってその美しさを増し。

マットなリップは、大人の余裕を感じさせる。



―――大人の艶を感じさせる、バチクソ清楚美人が降臨しなさった。



「我ながら最高の出来ですよ!!」

「ありがとうございます鳴子さん!! ほんとすき!!」

「…………」

「……なにじろじろ見てんの伊織」

「………あぁ………」

「恥ずかしいからなんか言ってよ」



「―――美人過ぎて腹立つ」



「……はい?」

「お前なんで俺より可愛いんだよ!!」

「そこ怒るとこじゃないでしょ!! 地雷系メンヘラは黙ってて!!」

「薄幸系美人とか俺が絶対になれない存在だぞ!! おかしい!!」

「地雷系美少女になれてるアンタも大概おかしいと思うけど」

「しかし、ここまで清楚美人の素質があるとはな………」

「あの、さっきから美人だの可愛いだの連呼されて、そろそろ恥ずかしいんですケド……」

「この生まれ落ちてしまった天使をどうコーディネートすればいいのか」

「公衆の面前で天使とか言うのやめよ? 嬉しいけど天使は言いすぎじゃ」

「インターネットエンジェルが天使と言って何が悪い。誰がどう見ても事実だし」

「……頼むから、もうやめてほんとおねがぃ…………」


耳まで赤くなっている瑛梨香を尻目に、俺は席を立ち、電話をかける。

さっきまで「自分より可愛い女は認めない」というプライドと「可愛い女をもっと可愛くしたい」という好奇心がせめぎあっていたが。

完成してしまった瑛梨香を見て、後者がKO勝ちを収めてしまった。



―――こりゃ、とんでもない化け物を降臨させてしまったかもしれない。





 ◇





そこからの俺の行動はあまりにも早かった。


この街でトップクラスに評判のいい美容室を予約し、「内装どころかハサミの一つまで拘ってる美容室初めて見たよ……」と困惑する瑛梨香などどこ吹く風、俺とカリスマ美容師の間で似合う髪形について激論を交わし。

「金髪にも愛着、ないわけじゃなかったなあ……」とささやかに抵抗する彼女をどうにかこうにか説得し、髪型と髪色をチェンジ。


その足で駅前まで向かい、エキナカの香水専門店で「この清楚美人にぴったりの香水をお願いします」とオーダー。ここでも「なんで香水の店にコーヒー豆なんて置いてあるの?」とアホなことを言っている瑛梨香を放置して、店員のマダムとディベートに次ぐディベートの嵐。討議の末、珠玉の逸品をチョイス。


それだけに留まらず、駅の隣にある大型商業施設にも足を運び、10階近くあるフロアを制覇し終えたころには、もう20時を回っていた。



「いやー、今日は歩き疲れたね」



その商業施設の7階にあるカフェで、俺と瑛梨香は腰を落ち着かせていた。

このカフェは店名にも称されるほどに抹茶をコンセプトとしたお店で、もちろんお食事も頂ける。

もう夕食の時間となったこともあり、俺は鶏明太のだし茶漬けをチョイス。日本らしく優しい味で、エナドリの常飲で乱れた胃腸にその温かさが染みる。

対して瑛梨香は―――抹茶と生チョコのパフェを美味しそうに頬張っていた。てかこの人、数時間前にバニラクリームフラペチーノを飲んでいるはずである。甘いものばっかり口にして飽きねえのか……?



「学校からここまで歩きっぱなしだもんな、当然よ」



そうして、カロリーの怪物を再び口にしている彼女を見る。



「……だいぶ、雰囲気変わったな」



そう言葉にして、俺は感慨にふける。


美容室で整えた髪は、今やダークブラウンのボブヘアー。

ブリーチのし過ぎでダメージを食らっていた長髪をバッサリ切って、サラサラで大人っぽい髪へと変貌した。

黒にしてもよかったが、いきなり金から黒にするとインパクトがでかすぎるし、慣れるまではこのままで。


その身体からは、ローズを軸としたフローラルな香りが広がる。

普段香水をつけない、つけたとしてもキツめのバニラが精々だった彼女にとって、大人の色気を感じさせるこの香りはカルチャーショックだろう。

事実、本人も「えっちだ……」と言っていた。俺もそう思う。


そして、この商業施設で揃えた全身コーディネート。

肩を出した黒くシンプルなトップスに、ベージュのロングスカートがコントラストを演出する。

このスカートはボタンやスリットが組み合わされ、上下でデザインの違う遊び心も駆使。

靴は高めのヒール付きの黒サンダルで、平均身長な彼女を大人の階段へと導く。

おまけに白いベレー帽を頭にのせて、ガーリーさも忘れない。



これらに百貨店でやってもらったメイクまで含めて。

「大人清楚な女の子」の完成だ。



ちなみに、これらのお金は全部俺持ちです。

「いいよ、あたしが払う」と瑛梨香に抵抗されたが、バイトオンリーのJKだと買える服は限られるし、せっかく変わろうとしているのに遠慮はされたくなかったため、そういうことになった。

まあ、登録者50万人で案件も受けてるから払えないわけではない。しばらく高級デパコスは我慢することにはなりそうだが……。


その影響で、今瑛梨香の隣には数多の紙袋が並んでいた。

一緒に行った店はもちろん、俺がトイレに行っている間に増えていたものもある。その代金も払おうとしたが、「これは別にいい」と断られてしまった。



「正直、一日でここまで変わるって思わなかった」



目の前の女の子は、キラキラした瞳を向ける。



「アンタのおかげだよ。感謝してもしきれない。ありがとう」



はにかむ瑛梨香に、電球色の照明が当たる。

スポットライトに照らされるように、彼女が輝いている。

そのことが、何よりも嬉しかった。



「これで、俺とはベクトルの違う可愛さになったな」

「確かに地雷系と清楚系じゃ全然違うもんね」

「あとは少しずつ変わっていこう。話し方とか、立ち姿とか」

「それが一番難しいんだよねぇ~」

「でも、一気に変える必要はないと思うぞ」

「どういうこと?」

「瑛梨香は内面にも魅力あるし、そのままの性格で少しずつ変えていけばいいんじゃねえかなって」

「そのままの性格」

「一気に仮面の自分を演じ始めてもボロが出るし、しんどいだけ」

「そっか……そのままのあたしでも、大丈夫かな」

「大丈夫だと思うし、違うと思ったらチューニングすればいいだけ。

 そして、そのチューニングは俺が監修するんだから間違いない」

「…………そうだね。アンタが一緒なら、大丈夫な気がする」



そう言って、彼女はたくさんの紙袋の中からひとつをこちらに渡す。



「これ、今日のお礼」



その紙袋は、俺がいなかった間に増えていたもの。

記された店名には、心当たりがあった。



―――地雷系女子御用達の、人気店。



「アンタ、この店に寄ったとき一番目が輝いてた。

 色んな服を見て、ニコニコが隠せてなかった。

 あたしには一切言わなかったけど、本当は買いたそうな瞳をしてた。

 でも、同時に伝わった。『俺には買えない』っていう気持ちが」



このデートの中で、さりげなくルートにねじ込んだ服屋。

いつも女装の服はネット通販に頼ってばっかりの俺。しかし彼女の可能性を探すという名目で、男一人じゃ入れない世界に足を踏み入れてみたが。


………すごく、楽しかった。天国かって思うくらいには。

お気に入りのコーデを見つけ、買いたいとすら思った。


でも、同時に思った。

―――「男の俺が買うのは、あまりにも不自然だ」と。

だから、この気持ちを心の奥にしまい込んだ。それだけ。



なのに、この女の子は。

俺の正体を看破するほどのファンは。

一瞬で、気づいたのだ。この感情に。

事実、その袋の中には、俺が買いたいと思ったコーデが一式。

それが、答え合わせだった。



「アンタが言ってくれたみたいに、あたしも返してあげるよ」



そう言って、俺の手を取り、彼女は息を吸い込んで、告げる。




「『男だから地雷系にはなれない』?

 『憧れの服なんて買えない』?

 ふざけんなよ。

 そんなの、あたしが認めない」




その言葉は、俺が彼女にかけた言葉と、あまりにも酷似していて。

その表情は、俺が彼女にかけた笑顔のように、あまりにも輝いていて。




「あたしだって約束するよ。

 あたしとアンタが一緒にいる間は、アンタが好きなことをできるようにサポートする。

 女の子の服を買いたいなら、あたしが全力で希望を叶える。

 大きな企画をやりたいなら、あたしが全力でお手伝いする。


 初めてネットで、まっすぐな生き方を教えてくれたアンタに。

 あたしも、全力で向き合いたいんだよ」




その純粋な瞳は、また向日葵のようにきらめいていて。

眩しいのに、目を逸らせない。




「―――だから、これからもよろしくね」




そんな瑛梨香の手を、俺は右手で強く握る。

俺の両目に浮かんだ涙は、彼女に見せないように左手で拭う。




―――だって、アイドルはファンの前で泣いたりしないからさ。

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