第3話 デートしたらなんか甘々になった

ノリノリの瑛梨香を連れ、俺は繁華街へと繰り出す。

俺たちの通う高校(名を『瑞鳳高校』という。だいぶ派手な名前だがちゃんと歴史がある公立進学校だ)は、この街の中心地からほど近い。自転車で10分、歩いても30分かからないレベルで、非常にアクセスが良い。

だから俺も時々学校帰りにこのアーケード街に来る訳だが。



「今回はデートだもんなぁ……」



とりあえず作戦会議がてら入ったスタバで、隣の瑛梨香に悟られないように頭を抱える。

配信のネタにしようと頼んだ新作のフラペチーノを一気に飲んだせいで生じた頭痛が、それに拍車をかけて悩みを増幅させてきた。



「ひとまず聞くけど、回りたい希望の店は?」



テーブルの向こう側でバニラクリームのカロリー爆弾を口にしている瑛梨香に尋ねてみると、彼女はあっけらかんと答える。



「ない!」

「マジですか」

「今日はエスコートされる気分だから」

「そんな気分の日なんて聞いたことねえよ」

「せっかく可愛い女の子が隣にいるのに、理想のデート満喫しなくていいのぉ~?」

「とりあえず『しおりん程ではないが可愛い』に今すぐ訂正しろ」

「うっわめんどくさ」

「メンヘラ舐めんな」

「配信最初のほうから見てたけど、いざ目の前にするとホントにめんどくさいね」

「それが魅力だって言ってくれる視聴者のほうが多いぞ」

「多数派として万単位の人間出してこないでよ……」

「というか瑛梨香は普段はどんな店回るんだ?」

「ストリート系のファストファッションが中心かな。WEGOとかH&Mとか……」

「非常にイメージ通りで安心した」

「でも、今日はそこに行く気分じゃない」

「そうなの?」


そう言って、彼女はおもむろに俺の新作フラペチーノを手に取り、一口すする。


「アンタの方が『可愛い』を分かってると思うからさ。

 アンタの全力で、あたしを可愛くしてよ」


その瞳は、やはり真っすぐで嘘など感じられない。

この吸い込まれる魅力に、俺は頷く以外の選択肢を取れなかった。







俺たちは、スタバを出てアーケードの中を歩きはじめる。

平日だというのに、16時近くなった街は若者たちで活気に満ち溢れていた。

多くは俺と同じくらいの年代だが、中学生の姿も多く見られる。



「色んな制服の子がいるね~」

「地方都市の癖に中学も高校も多すぎなんだよ」

「腐っても100万都市だからそんなもんだって」

「俺の地元とはえらい違いだ」

「確か伊織は高校からこの街に来たんだっけ?」

「地元は県北のド田舎。だから高校から一人暮らしになったんだよ」

「そっか……。大変だったんだね、偉いからよしよししてあげる」

「何様だよ」

「『いつでもアンタを炎上させられる人』?」

「こっわ!! 脅しか!?」

「冗談だよ。あたしがそんなつもりないのは分かってんでしょ?」

「……まあな。少なくとも俺の分析力が正しければ、あの言葉に嘘はないし」

「こう見えてあたし純情乙女だからね」

「普通の純情乙女は彼氏じゃない男と手を繋がない」

「もしくはヤンデレ」

「その場合はしおりんと共依存になる未来が見える」

「ないしはお淑やか激かわお嬢様」

「全部間違ってる。お淑やかじゃないしお嬢様でもない。激かわではあるけど俺には及ばない」

「……ねえ、実はアンタツンデレなんでしょ?」

「いや、ヤンデレメンヘラで売り出してます」

「そういうことじゃないんだけどなぁ……」



冷たくため息を付きつつも、いつの間にか繋がっていた彼女の右手は温かい。

並んで進む二人の歩幅も、最初はバラバラだったのに今ではほぼ同じ。

そんな小さな結びつきを解けないまま、俺たちは最初の目的地にたどり着いた。



「えーっと、ここは……」

「この街どころかこの地方で一番デカい百貨店です」

「あの、高校生には敷居が高いのでは……?」

「『敷居』とかいう概念に囚われている、お前の幻想をぶち壊しに来た」

「やっぱり伊織オタクじゃん」

「いいから黙って入るぞ」

「へーい、わかりましたー」



一歩足を踏み入れると、フロア中に格式高い香りが広がっている。

360度にわたって見える、化粧品と香水、アクセサリーの数々。

そう、ここは―――



「これこそ美容の聖地だぜェ! 心が燃えてくるなァ!!」


「聖地って本気で思うんならその世紀末な口調やめた方いいよ?」



―――俺ら美容・メイクガチ勢にとっての聖地、あるいは宝島。


もちろんプチプラコスメでも質は高いものが多いし、俺も愛用している。

普段使いの目的なら、ドンキやロフトでも事足りる。

しかし、今日のような特別な機会なら、こういう百貨店の方がいい。

「敢えて背伸びして使ってみる」ことで、新たな自分へと至るきっかけになるのだ。



「というわけで弟子一号。今から君をコスメ売り場へ連れていく」

「あたしデパコス初めて! 期待しかない!」

「そうだろうそうだろう、お姉さんはその輝いた目がうれしいぞ」

「今の伊織は女の子じゃないからお兄さんだよね」

「君のような勘のいいギャルは嫌いだ」

「さっきから内なるアニメ語録が止まらないけど、テンション大丈夫?」

「こんな場所に来て気分が上がらないほうがおかしいと思うぞ」

「……そういえば、アンタ何度もここ来てるってことだよね?」

「そうだが、何か問題でも?」

「男一人で買うの結構しんどくない? 声かけられた時とかどう説明してんの?」

「…………空想上の彼女を錬成して、その子へのプレゼントとして買っています」

「そのコスメが自分の肌に合うか、どうやって判断してんのよ」

「…………その彼女と俺の肌質が、とてつもなく似ている設定になっています」


「ふーん…………。wwwwww」


「笑うんじゃねえこっちも真剣なんだよ!!!!」



笑いを堪え切れないギャルの手を強引に引っ張り、コスメ売り場へと向かう。



「けどさ、今日店に行ったら、彼女が空想じゃないって証明できるね」

「瑛梨香を彼女にした覚えはない」

「可愛い彼女がいるって自慢できるね」

「可愛いとは思うが彼女じゃないって言ってんだろ」



「そう?あたしはアンタのこと彼氏にしてもいいんだけどな~」



曇りなく、嘘のない彼女の唇に、思わず目を奪われる。


画面の前や噂話上の好意には慣れっこだし。

裏がある好意など数え切れないくらい受け取ってきたが。

ここまで裏のないまっすぐな好意を、目の前で浴びたことはない。

だから、彼女の気持ちが少しこそばゆく感じる。


そんな事を悟らせないように。

俺が、しおりんが、彼女を導くヒーローであるために。

俺は瑛梨香のデレを、適当にあしらう。




「…………あっそ。ご自由にどうぞ」




―――逸らした目と鼻には、バニラの香水の甘い匂いが届いていた。

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