第2話 身バレしたらデートに誘われた
「昨日のしおりんの動画見た?」
「もち見たわ」
「あれマジで頭おかしくね?」
「美少女がエナドリ飲みながら発狂してるのヤバいよな」
「モ〇エナ緑とノンシュガーを当てた時の顔、アイドル自称してる人間がやっちゃダメなヤツ」
利きエナドリの動画を出した翌朝。
夏の暑い日差しがアスファルトを照りつける中、俺は後ろを歩く男子高校生たちの熱いしおりん談義を盗み聞きし、胸躍らせていた。
「もう完全にしおりん=エナドリの図式ができてるよな」
「あんな飲んで体調大丈夫なのかな。ちゃんと寝れるのかね」
せっかくその前を歩いてるので、本人が心の中でお答えします。
―――当然撮影の日はオールしたよ……。
曲がりなりにも県内有数の進学校たるうちの高校において、授業を寝るのは結構な大ダメージ。取り戻すのにかなり時間かかるんだわ。
なお、その苦渋の勉強の様子は近日公開の「エナドリによって自律神経が終わった女が自律神経の勉強をする動画」で見れますので、お楽しみに……。
「まあぶっ壊れメンヘラだし、大丈夫なんじゃね」
「そのくせして可愛いのがギャップ萌えっていうか」
「俺あの綺麗な身体のライン、好きだわ……」
「正直アレは抱ける……」
はーはーはー。そうですかそうですか。
このしおりんを手籠めにしたいと。そういうお気持ちなのですね君たち。
えっちだねえ男子高校生は!!
「……でもさすがに男には抱かれたくねえよ」
「あのすみません、何か仰いましたか?」
「……いいえ、お気になさらず続けてもらって」
心の声が漏れていたようで、後ろの奴ら―――多分後輩―――を反応させてしまったが、うまく流して会話を誘導する。危ねぇ。
あと、「綺麗な体のライン」と言っていた純情1年生に現実を言っておくが、胸も尻もパッド盛り盛りだぞ?
流石に男が女の子のお胸やお尻を再現するのは不可能です。これこそ俺が1年半かけて悟った結論です。覚えておきなさい。
「てかあの子、高校生なんでしょ?」
「確か授業の学習範囲的には2年生だよな」
「住んでる場所って言ってたっけ」
「そこそこの大都市って配信で言ってた気がする」
「じゃあワンチャンうちの街にもいるかもね」
「そんな奇跡あるはずないだろ」
「そうだよねー、知ってる先輩にも似てる人いないし」
「そもそも居たら話題になってる」
「じゃあ奇跡は起きないかー」
起きてるんだよなあ……。
その奇跡、起きちゃってるんだよなあ……。
ふふふ……!
はっはっは……!
「あの、あなたさっきから様子が変じゃないです? 熱中症ですか?」
「そんなことないです気にしないで」
「じゃあどうなされたんですか?」
「いや、しおりんの話してたからつい……」
「え! 先輩もしおりん好きなんですか! 一緒にお話ししましょうよ!」
「えっとまあ……別に良いんだけど……」
「じゃあ俺から始まる山手線ゲーム!お題は『好きなしおりんの身体の部位』!
俺は時々見える脇!」
「ちょっと後輩くん一回待とうか。そのお題も答えもとてつもなくキモい」
「俺は耳の後ろからピアスが見える瞬間」
「フェチが過ぎる」
「先輩!次ですよ!」
「あーっと……顔?」
「「あー……分かってないっすね」」
「なんでやねん」
「そこはアバウトじゃなく、細かい部位を挙げるのが『しおギャ』としてのプライドでしょう」
「俺は君たちがバンギャじゃなくてアイドルオタクに見えるよ……」
嘆息しつつも話に付き合い、昇降口で彼らと別れる。
ちなみに、『しおギャ』はしおりんのファンネーム。『しおりんのバンギャ』を略した名称である。勿論言い出したのは俺だが、いざリアルで使われるとなんかこそばゆい。
まあ何にせよ、俺のファンが多いのは喜ばしいことだ。
学校では目立つのをやめている分、こういう所で目立ったり話題になると、枯渇した承認欲求が満たされる。
……何の気なしにこういう風に思っちゃうからメンヘラムーブが板に付くんだろうね……。
◇
「ねぇ伊織。アンタがしおりんの正体なんでしょ?」
そして、場面は件の金髪ギャル―――隣の席のクラスメイト、亘理瑛梨香との会話に戻る。
俺はその言葉に固まり―――当然のようにしらを切った!!!!
「知らない人です……」
「嘘つかないでいいから。私全部知ってるよ?」
「しおりんってダレデスカ」
「あんた休み時間の度に隠れて再生数とか確認してるじゃん」
「いや、ただのファンなので……」
「授業中に授業用じゃないノート取り出してるのは?」
「授業に飽きた時の落書きです……」
「そこに配信の計画とか投稿のインプレッション数とか書き出してるのは?」
「データ分析のアルバイトです……」
「前日の夜配信で紹介した香水の匂いがしたのは?」
「配信見てたらたまたま家にあったので付けてみただけです……」
「昨日の夜の配信で私のこと話題に出したのは?」
「いや、可愛いし似合ってたのでつい……」
「ほーん!」
「……あ」
「遂にボロ出しちゃったねぇ、しおりん♡」
耳元から離れ、小悪魔的に微笑む瑛梨香。
俺は彼女の肩を抱き、思い切り自分に近づける。
二人の距離がいきなりゼロに近似した。
「えっウソ、いきなりダイタン……」
「マージでお願いだ瑛梨香。このことは誰にも言うな」
「……あー、はいはい。うっすら期待したあたしが馬鹿だったよ」
そこには、恥をかき捨てて耳元で半泣きになって懇願する哀れな男がいた。
それは、ネットでの栄光とリアルでの信用を天秤にかけ、あろうことか電子の海を優先した馬鹿な男だった。
あるいは、ありのままの自分より女装した偶像を守ろうとした偏屈な男とも言えた。
しょうがない! 配信者生命かかってるんだもん!!
「いや頼む、マジで何でもするから命だけは……」
「あたしを殺し屋かヤンキーとでも思ってんのかい!」
「あ痛ッ!」
瑛梨香に思い切りチョップを喰らい、距離が開く。
彼女は嘆息して、こちらに向き直った。
「まあ、いつもは名字で呼ぶくせに、今日は『瑛梨香』って呼んでくれるもんね。
それに免じて、ひとまずは黙っといてあげる」
「おお……! 神よ……!」
「その代わり、今日放課後私に付き合って」
「はい?」
「あたしとデートしなさい」
「…………マジ?」
―――前略。クラスのギャルに身バレしたら、デートに誘われました。
これは降って湧いた幸運か、それとも災厄(=炎上)の予兆か……?
◇
「お待たせ~! じゃあ、行こっか」
放課後。一足早く掃除当番が終わったので昇降口で待っていると、問題のギャルが降臨しなすった。
「結局どこに行くかも何をするかも聞いてないんだけど」
「まあまずは行ってみましょうや」
「えっ! まさかヤンキーの巣窟に!?」
「あたしの事なんだと思っとんじゃこら」
「オタクに優しくないギャル」
「そもそもアンタ別に根暗系のオタクじゃないでしょうが」
「え、バレてたの……?」
「休み時間どころか授業中ですらインスタとTiktok巡回してる人間がオタクなわけあるか」
「一応オタクコンテンツにも造詣は深いのでオタクともいえます」
「『アニメが好きな人』と『根暗人見知りオタク』は違います」
「けどほら、俺って『真面目な優等生の志津川くん』だし」
「周りの人にはそのイメージング通用してるけど、あたしにはバレバレだよ?」
「もしかして超能力者ですか」
「ざんねーん! 会話の時にやる場の回し方、そこそこの地位に居つつ極端に目立つことのないバランス感覚、ほぼ全ての話題についていける知識量。そこから導き出される結論は―――」
「結論は?」
「『真面目ぶってるけど実は流行に敏感な会話上手、しかも目立つのも自己のプロデュースも上手い』」
「……やっぱりエスパーやんけ」
「だからアンタがしおりんだって気付けたのもあるけどね」
そう言って、瑛梨香は俺の手を取る。
「ほら、デートなんだから伊織がエスコートしてよ。ホントは上手いんでしょ?」
無邪気にこちらに笑いかける彼女に、傾いた太陽がスポットライトを当てる。
夏の空気と湿った風が、着崩したワイシャツと攻めに攻めたスカートを揺らす。
照り返す熱は、彼女の丸く大きな瞳と高い鼻にインパクトを与える。
手首に巻いた赤いシュシュが、彼女の中にある元気と情熱を象徴しているようで。
昨日からストレートにした長い金髪でさえ、彼女のまっすぐさを表しているように思えた。
「―――なんで」
「はい?」
「なんで俺より可愛いんだよ!!!」
「そこキレるとこかな!? まあ……面と向かって言われて嬉しいケド」
困惑と照れで夏の太陽みたいに、瑛梨香の顔が赤く染まっていく。
クラスでは強がった姿が印象的な彼女の、乙女な一面が顔を覗かせる。
「俺以上、しおりん以上に可愛い女が存在するのはプライド的に許せん!!
けど、考え直しても瑛梨香が可愛いから余計に腹立つ!!」
「ねえ、そんなに言われたらもう顔も見れないんだけど……」
「うっさい黙れ!!
仕方ないからしおりんとは別ベクトルの魅力に矯正してやる!!
俺は可愛い女の子の味方だからな!!」
そう言って、俺は握られた彼女の手を引っ張って歩き出す。
瑛梨香もそれに引かれるように歩き出し、夏の街に二つの影が飛び込んでいく。
「ほら行くぞ!! とりあえずネイルと香水とメイク道具と服は見て回る!」
「あのさ伊織、アンタめんどくさいって言われない……?」
「そんなのコメントでもリプライでも掲示板でも言われ放題よ!!」
「そういえばメンヘラ系ストリーマーだもんね……。職業柄、というより本性か……」
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