8
薫は寝ていた。長い移動で疲れたのだ。結局、栄作に会う勇気がなかった。会ったら、追い返されるだろう。夢の中で、薫は栄作に追い出され、東京に帰れと言われる夢を見た。薫は泣けてきた。その様子を見ていた人々は、どうして泣いているんだろうと思っている。周りの人々にはわからない。この男、薫は抱えきれないほどの苦しみを背負っているんだと。そして、そのせいで故郷に帰れないんだと。
薫が目を覚ましたのは、瓦町駅に着いた頃だった。まばらだった車内は、混雑していて、騒がしい。薫はその騒がしさで目を覚ました。結局、香川に自分の居場所はないんだ。だから東京に帰るんだ。そして、ひっそりと人生を終えるんだ。それが自分への罰なんだ。
「やっぱりもう俺は帰れないんだな・・・」
電車は瓦町駅を出て、高松築港駅に向かっていた。終点はすぐそこだ。高松築港駅の1つ前にある片原町駅を出ると、薫は立ち上がり、下りる準備をした。もうここに帰る事はないかもしれない。見慣れたこの景色をよく覚えておこう。
「もういいさ! 俺は東京で頑張る!」
電車は終点の高松築港駅に着いた。多くの乗客は高松駅に向かう。薫もそうだ。いよいよ四国を出る時が近づいてきた。
歩いている時、ふと薫は考えた。修学旅行でやって来た『池辺』という名字の中学生だ。やはり気になる。ひょっとしたら、栄作の子供かもしれないな。栄作に聞いてみたいな。だが、栄作とはとっくに絶縁している。きっと何も教えてくれないだろう。
「でも、あの男の子は、誰なんだろう。気になるな」
薫は高松駅に戻ってきた。すでにホームには帰りの岡山行きの快速マリンライナーが停まっている。これで香川を、四国を離れるんだと思うと、下を向いてしまう。だが、これからは東京で頑張らなければならない。もうここから追い出されたんだ。もう帰れないんだ。
「やっぱり、父さんの息子なのか?」
やっぱり考えてしまう。一度、あの子に会って、本当に栄作の息子なのか、聞いてみたいな。
薫は快速マリンライナーに乗った。乗客はそこそこいる。だが、みんな薫を知らないようだ。そこにいるのは、香川一のうどん職人、栄作の孫なのに。それほど自分は地に落ちたんだ。もう帰る場所じゃないんだ。
「うーん・・・」
快速マリンライナーは高松駅を出発した。薫は車窓を見ている。もう綾川町は見えない。故郷はこんなに遠くなってしまった。これからもっと遠くなるだろう。ずっと東京に住むだろうから。
快速マリンライナーは夕焼けの瀬戸大橋を渡っている。とてもきれいだが、薫は下を向いていた。美しい夕暮れを見るほど、薫の気持は晴れない。もう四国に戻れないからだ。自分が悪いんだ。
快速マリンライナーは瀬戸大橋を渡り切り、トンネルに入った。それを見て、薫はため息をついた。本州に戻ってきたからだ。
「帰ってきてしまった・・・」
快速マリンライナーは徐々に四国を離れ、岡山駅に向かっていく。次第に四国が見えなくなっていく。薫はその車窓を、涙ながらに見ていた。
快速マリンライナーは岡山駅に着いた。ここから新幹線に乗り換えて東京に行く。もう四国は見えない。ただ、四国の各地へ行く電車の案内板を見ると、四国を感じる。でも、もうそこには戻れない。薫は何も見ずに、新幹線に向かった。
薫は下を向いたまま、のぞみに乗った。家族連れは楽しそうな表情をしているのに、薫は暗い表情だ。だが、誰も薫を気にしない。まるで薫が犯した罪を知っていて、関わらないようにしているみたいだ。本当はまったく知らないのに。
のぞみは岡山駅を後にして、東京に向かっていく。これから四国はもっと遠くなる。そして、東京が近くなる。薫は思った。もう四国には帰れないんだと。
のぞみは夜の闇の中を猛スピードで走り、東京に向かっている。車内は静かだ。多くの乗客は寝ている。はしゃいでいた子供も寝ている。
「疲れた・・・。もう寝よう・・・」
薫は再び寝てしまった。夢の中で、薫は栄作と再会して、一緒にうどんを作る夢を見た。だけど、もうそれはかなわない夢になりそうだ。
薫が目を覚ました時には、のぞみはすでに小田原駅を出ていて、もうすぐ新横浜駅というところまで見た。その車窓を見て、東京に帰ってきたんだと薫は実感した。もう東京に住むしかないんだ。死んではいないけど、栄作にはもう会えないんだ。そう思うと、薫はまた涙を流してしまった。
のぞみは新横浜駅を出た。車窓が東京らしくなってきた。薫は夜景をじっと見ていた。望は拳を握り締めた。またここに戻ってきた。みんなが待っている。彼らのためにも、おいしい讃岐うどんを作らなければ。
のぞみは終点の東京駅に着いた。薫は深く深呼吸をした。また東京に帰ってきた。ここが自分の居場所なんだと実感すると、薫は下を向いた。
薫は自宅に戻ってきた。だが、部屋には誰もいない。今日もまた孤独な日々が続く。あの頃はみんなに囲まれて幸せだったのに、逮捕されてから変わってしまった。友達はいなくなり、栄作から嫌われた。
薫は手を洗うと、ベッドに仰向けになった。もう何年もこの天井を見ている。実家の天井とは違うが、この生活に慣れてきた。でも、やっぱり実家が恋しい。帰りたい、でも帰れない。
薫は目を閉じた。また明日からうどん屋での仕事が始まる。遠くからでも見ていてくれ。こんなに腕を上げたんだ。だから、いつか一緒にうどんを作ろう。その思いは、いつになったら伝わるんだろう。もう伝わらないかもしれないけど、一生懸命伝えるしかない。
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