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 昼下がりになり、客が少し少なくなった。行列もなくなった。店内もひっそりとしてきた。だが、仕事はまだまだだ。明日のための仕込みに入らないといけない。明日も多くの人が来るだろう。


 栄作と俊介は店でうどんを作っていた。安奈は家で子供の世話をしている。のどかな風景の中、平凡な日々が続いているように見えた。


「あら、どうしたのかしら?」


 と、俊介が騒がしいのに気づいた。昼下がりにこんなに騒がしいのは珍しい。何かが起こっているんだろうか?


 俊介は気になって、店を飛び出した。栄作もそれが気になったのか、店を出た。5軒先の民家に人だかりができている。何だろう。全くわからない。2人はその民家に行く事にした。


 しばらく進んでいくと、パトカーが見えた。警察官がいる。どうやら事件のようだ。この辺りで事件なんて、見た事がない。


「警察がいる!」

「何だろう」


 2人が人だかりの中から見ると、1人の男が出てきた。その男は手錠をかけられている。この男が、何か悪い事をしたんだろう。一体何をしたんだろう。2人は真剣な表情で見ている。


「ど、どうしたんですか?」

「夫婦の妻の前の夫が夫婦を殺したんだって」


 警察は真剣な表情だ。これは重い刑が課せられるだろう。ひょっとしたら、死刑かもしれないな。


「そんな・・・」


 俊介は驚いた。まさか、店の近くでこんな物騒な事件が起きるなんて。一方栄作は、現場をじっと見ていた。そして、絶縁状態にある息子、薫(かおる)の事を思い出した。


「夫婦の家族も皆殺しにしたんだって」

「えっ・・・」


 俊介はさらに衝撃を受けた。こんなに人を殺したら、死刑になるだろう。きっと極刑だろうな。


 と、1人の女が何かに気づいた。その女は近所に住んでいて、この家族の事を知っていた。


「子供は?」

「病院にいるけど、身寄りがないのよねー」


 近くの産婦人科に、殺された夫婦の子供がいると言う。まだ名前が決まっていない状況で、生まれた直後に母に抱かれて以来、全く抱かれる事はなかったという。


 と、栄作は店に戻っていった。現場に興味はないようだ。それよりも、うどんを作るのが優先だ。


「あれっ、大将? 行っちゃった・・・」


 現場に来ていた安奈も栄作の表情が気になった。きっと、薫の事を思い出して、むっつりきたんだろう。あんな現場を見たら、思い出してしまうだろうな。


 と、俊介はある事を思いついた。この子を引き取ろう。栄作の養子として育てるのはどうだろう。こっちで引き取りたいけど、2人の子供がいて、それだけでも大変だ。それに、息子がいなくて寂しい思いをしているかもしれないから、栄作の機嫌を取り戻すのにいいかもしれない。


「そうだ、あの大将が養子になるってのはどうだ?」

「どうして?」


 安奈は驚いた。まさか、栄作の養子にするとは。全く想像がつかなかった。


「子供はもうここにいないんでしょ? 寂しいじゃないの」

「うーん・・・、あの人、受け入れてくれるかな?」


 だが、安奈は不安だった。栄作はあれ以来、子供を育てるのが嫌いになった。本当に受け入れてくれるんだろうか? きっと、断られるんじゃないだろうか? でも、このまま放っておくのはかわいそうだ。


「わからないけど、言ってみましょ?」

「うん」


 俊介と安奈は池辺うどんに戻ってきた。厨房の奥の座敷で、栄作はうどん生地を踏んでいる。この踏みの作業が、讃岐うどん特有の強いコシを生む。1時間を2回に分けて踏むのがベストだと栄作は言っている。


「大将、赤ん坊と聞いて、どうして立ち去ったんですか?」

「いや、何でもないよ」


 だが、栄作は何も言おうとしない。踏みに集中しているようだ。真剣な表情で踏んでいる時は、少し近寄りがたい。


「まさか、あの子が欲しいんですか?」

「い、いや、そんなわけじゃ?」


 栄作は焦っている。まさか、あの子の養子になるとは。全く考えていなかったけど、面白そうだな。だけど、もう子供は嫌いだ。薫のように、何をしでかすかわからない。薫のせいで、どん底を味わった。もうこんな事は勘弁だ。だからもう子供なんていらない。


「どうしてそんな顔になるんですか?」

「そ、それは・・・」


 栄作は次第に戸惑い始めた。だけど、あの子は放っておけないな。かわいそうだ。何とかしたい。だけど、もう子供はこりごりだ。


「あの子を養子にしたいんですか?」

「う、うん・・・」


 栄作は戸惑いつつも、この子をもらう事にした。2人は喜んだ。あの子の命をつなげることができて、本当に嬉しい。


「いいっすよ。きっと安奈が面倒を見てくれるだろうからさ。いいだろ? 安奈」

「もちろんよ! 1人ぐらい」


 栄作の養子になるけど、世話は安奈がしよう。栄作は深夜から昼下がりまで忙しいから、全く子育てはできないだろう。


「よし、それで決まった! あの子を養子として迎えようよ」

「勝手にしろ!」


 だが、栄作は不機嫌になってしまった。また薫の事を思い出したようだ。


「もう。機嫌悪くなって」


 2人はその子を引き取るために、産婦人科に向かった。栄作は再び踏みに入った。


 歩いて10分、2人は産婦人科にやって来た。その子はどんな姿だろう。楽しみだな。赤ん坊と対面する時は、ワクワクする。どうしてだろう。


 2人はその男の子と対面した。その子は寝ている。とても可愛らしい。この子なら、栄作も可愛がるだろう。2人はその子をじっと見ている。この子が栄作の養子になるんだと思うと、笑みが出る。どんな大人になるんだろう。だけど、薫みたいになってほしくないな。


 家に戻った2人は、考えていた。あの子の名前、どうしよう。全く思いつかない。


「この子の名前、どうしようか?」


 と、俊介は考えた。栄作も納得するほど、望みどおりに育ってほしいから、望はどうかな?


「望とかどうだろう」

「いいじゃん! 望み通りに育ってほしいもんね」


 安奈もそれに乗り気だ。きっと栄作も気に入るだろう。


「そうそう! 明日香、いいだろう?」


 すると、明日香は喜んだ。意味はわからないけど、嬉しいようだ。


「明日香も喜んでるから、望にしよう!」


 2人は決めた。この子の名前は『望』に決まった。どんな大人になってくれるかわからないけど、いい子に育てたいな。


 その時、曇っていた空が晴れてきた。まるで新しい父が決まったのを祝福しているようだ。それを見て、俊介は思った。これからの望の人生にも期待しよう。

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