謎の子
荒俣 新
第1話 冬のある日
その日、石川 博は、妻の亜希と二人でいた。二人の息子たちは、大学も卒業し、就職し、家を出て行った。そして、60歳となり、勤めていた製薬会社の退職を余儀なくされた冬の日であった。もう時間も夜の9時をまわっているのに、玄関あたりから、なぜか、子供なく声が聞こえてくる。
亜希が、「なんでしょう。猫にしては、子供っぽいし。」という。
「そういえば、昔、このパターンで、迷い猫が来たことあったね。」
「猫でもあの後いろいろあったし。まさか、子供なんてことはないと思うけど。とりあえず、見に行くか、もう5分以上だし。」と博が答える。
玄関のドアを開けたら、3歳ぐらいの、小さな女の子がいきなり泣きながら抱きついてきた。「えっ」としか声が出ない。遅れてきた亜希も、唖然としている。
「あの、君は?」と聞くも、その子供は泣いているだけ。家の外に出ても誰もいない。
「この子、どうしよう?」と亜希に言うが、複雑な顔して、唸るだけ。
「とりあえず、警察に連絡かしら」。迷子かもしれないし。
迷い猫ならぬ、迷い子供?ああ、猫ではなく、どう見えても本物の人間の女の子。
あまりに泣くので、とりあえず、寒いし、家に入れて、あったかい飲み物を用意して、飲ませて、やっと泣き止んだ女の子を見つめた。亜希は、その間に警察に電話をしている。
「ええ、全然知らない子なんですけど、玄関の前で泣いていて、とりあえず保護したのですが、どうしましょう。」
警察も、びっくりしたようだが、とりあえずは、来てくれることになった。
「それで、玄関から、泣いている子供の声がしているので、見てみたら、この子がいたわけですか?」と警察官の佐藤も何とも言えない表情で、確認される。
「そうなんです。以前に猫で、そういうことがありましたが、今回は、まぁ、びっくりです。」
「このお子さんには、全く心当たりはないということでいいですか」と少し怪しげな目で、博に抱きついている女の子をみて、佐藤がいう。抱きつかれているからなんだろうけど、その眼は何だと思う。
「まったく、知らないです。私、隠し子などいませんから」と答えると、なんとなく、背中にも冷たい視線があるような気がして、後ろにいる亜希をみると、少し目つきが怪しい。
「えっ、まさか、そんなこと、想像しているの?おいおい」と声にならないぐらいの声で、つぶやくも、本当にそんなことはしていないし、自分の置かれている状況に、後ろめたさもないのに、冷や汗が出る始末だった。時間も遅かったので、とりあえずは、佐藤は、警察で、保護することになるも、子供が博から離れようとせずに、また大声で泣きだした。博から逃げると、今度は亜希に抱きつく。佐藤が捕まえると、殴る、蹴るの繰り返しで、夜の10時まわってだけに、お互い疲れ果てて、近所の人も出てくるわで、警官の佐藤が、
「とりあえず、今日は、ここで、1泊お願いします。明日、保護にもう一度来ます。」と言われてしまった。結局、その日は、その女の子を泊めることになった。
警官が帰ったら、その子は、急に泣き止め、また、博に抱きついてきた。ますます、亜希の視線が突き刺さるのがわかるが、しばらくしたら、今度は亜希に抱きついた。お互いに、急に出た言葉が、
「俺の隠し子」、「私の隠し子ではないからね!」と途中から、偶然、はもってしまった。二人とも、ため息をついてから、亜希が、女の子に話しかける。
「ところで、あなたはどこから来たの?、おとうさん、おかあさんは?」
すると子供は、
「知らない」と初めて、短く答えた。私を指さし、
「この人と私は知っているの?」と続けて聞くと、首を横にふる。
この子供も、私たち夫婦のことを知らない、なのに、急に玄関前で、一人で泣いて、私たちに抱きついてくる女の子。何者なんだ。不思議なことだが、心と裏腹に体が少し楽になったような気がした。
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