第6話:食事と足枷
「レイナ様、お食事をお持ちしました」
硬い声を扉越しに掛けられる。入室を促せば、コルテスは相変わらずの険しい顔で食事を運んできた。
「どうぞ」
「ええ」
最近は一人で食事をとることが多い。手枷を外されてからというもの、私が逃亡するという警戒が高まるかと思っていたのに、彼はそんな素振りを一切見せなかった。むしろ、会う日が減ったようにさえ感じる。まぁ、別に構わないけれど。
左足に嵌められた枷は私の自由を奪う。けれど、この部屋の中までなら歩き回れる程でしかない。両手が使えるようになった今では、部屋を自由に使うことができるし、何より時間潰しのために本を読むことができた。制限付きではあるが、それなりに不自由のない生活だった。
彼は一人分の食事をテーブルに乗せ、嫌そうに私から背を向けた。
「待って。貴方の主は今、何を?」
「ご政務をされています。貴方の所為で随分と仕事が溜まっているご様子でしたので」
彼の棘のある言い方にも随分と慣れてしまった。遺憾ではあるけれど、この監禁生活にも慣れてしまったということだろうか。明らかに可笑しい世界なはずなのに、この部屋は不思議と怖くない。私の好きなものが多いからかもしれないけれど。いくら快適でも、どうしても祖国を忘れること何て出来ないのは、私の諦めの悪さなのだろう。
「以上ですか? では、失礼します」
彼は扉に手をかけると早々に部屋を出た。カチャリ、カチャリという鍵の音がする。あの奥はどうなっているのだろうか。あの鍵さえ手に入れば私は帰れるのだろうか。妄想紛いの「たら」「れば」は望郷の想いを膨らましていく。
「考えても無駄……よね」
どれだけ頭を回したところで道は全て塞がっているというのに。
窓際に立てば、いつか見た白い花は毒々しい赤の果実に姿を変えていた。リンゴの香りはこんなガラス越しではしないけれど、思い出すのはお母様の淹れてくれた紅茶だった。
「レイは、大丈夫かしら……」
王という辛い立場に押し上げられた優しい弟は、涙してはいないだろうか。昔はあんなに小さかったのに、今では立派な皇太子なのか。私はそれを見届けることも、祝うことも、支えることも出来ないなんて。赤く熟れたリンゴは私を慰めるように風に揺れた。
「出たいの?」
「あら。いたの」
突然の気配と声に驚いて振り返れば、王子が不思議そうに私を見つめていた。
「うん。今さっきね。それで、出たいの?」
感情の読めない声だった。
「出してくれるの?」
質問に質問で返す。挑発するような言葉尻になってしまった。だが、そんなことは気にも留めていないらしく、彼は小さく唸るとわざとらしく手をポンと叩いた。
「レイナちゃん、それはいいアイディアだね。決行は今日の夜にしよう。秋風は冷たいからちゃんと暖かい格好をするんだよ」
クローゼットを開けると、彼は私の服を選びだした。逃げてしまう危険性しかない私をあっさり外に出すなんて、久しく会っていなかったけど、この人の頭の螺子はやはり何本も抜けているらしい。
「ま、待って……本当に?」
「勿論。君に嘘はつかないよ」
鼻歌混じりで私にドレスを押し付けると、彼は疲れているらしくベットに横になった。
「僕、もうヘロヘロなんだ。ここならコルテスも邪魔しに来ないし、暗くなったら起こしてくれる? 食事の邪魔しちゃってごめんね。眠くなったらいつでも添い寝してくれて……いい……から、ね」
文章が終わり切る前に、すうすうと吐息がした。
「結構よ。……今日の食事がリゾットで命拾いしたわね」
スプーンを手にして息をついた。フォークがあったら、その首に刺してやったのに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます