【オムニバス短編集】恋心 ~ Everlasting lover ~ Vol.1

Choco

#01 本当の幸せ

「あーもう、マジで今度こそ男なんていらない!」

 薄暗く、シーンと静まり返った店内に怒号が響き渡る。カウンター席のど真ん中。川井友美かわいともみは、残りのカクテルを飲み干し、酔っぱらったおやじのような吐息を漏らした。

「またなの? もうそのセリフは聞き飽きたわよ」

「雅ちゃんにしか愚痴れないんだから、ちゃんと聞いてよね」

「あー、はいはい。分かってるわよ」

「私のどこがいけないっての? はっきり言ってくれなきゃ分からないじゃんねー」

 カウンターテーブルに突っ伏す友美に、向かい合っている中田雅紀なかたまさきの、遠慮のない罵声が飛ぶ。

「あんたねぇ、そういう考えを改めないんだったら一生カレシなんて出来ないんだからね」

 閉店時刻はとっくに過ぎている。が、この店一番の常連客であり、幼馴染のわがままに付き合わなくてはならない。義務感というよりも、責任感というほうが正しいか。

 雅紀は、物心ついた頃から同性愛に目覚め、自分の気持ちを偽ることなく生きてきた。周りの理解は得られなかったが、自分らしく生きることこそが人生と割り切り、今に至る。

 そんな雅紀の四つ下。幼馴染でもある友美は、五歳の頃から活躍する芸歴十八年のベテラン女優で、現在も一線で活躍している。

 芸能人といえど、スタジオや舞台を離れればただの人である。常に恋愛とも隣り合わせで、作品でヒロインを演じれば相手役の俳優を好きになることも多々あった。だが、しかし。どうやら今回も上手くいかなかったようだ。

「あーあ。男がみんな雅ちゃんみたいだったら良かったのになぁ……」

 ふと、呟いた友美の言葉に、雅紀はしょうがないな。と、でも言いたげに微笑む。

「友ちゃん」

「……なぁに」

「顔を上げて」

 すぐに、不貞腐れたような視線を受け止めた雅紀は、カウンターテーブルに両肘をつき、変顔でいつものアレを言い放った。

「次こそは、ずぅうぇったいにステキな人と出会えるぅぅ。大丈夫だぁ~」

「ぷっ、あははは。やばいってその顔は! イケメンが台無しだってば」

 始めは優しく言い諭し、二回目は慰めるように言い諭し、三回目である今回はやけっぱちの如く言い諭すという徹底ぶり。腹を抱えて笑う友美の笑顔を見ると、雅紀も自分のことのように嬉しく思えた。

「そうそう、この顔。友ちゃんには笑顔が一番よ」

 ひとしきり笑い終えると、友美は息を整えながら小さく、「ありがとう」と、呟いた。

「こんなことならいつでも」


 *


 一年後。

 季節は春。三度目の正直とでもいうか、今度こそ無事に相手を見つけることが出来た友美の結婚式当日。

 それは、都内某所にある有名高級レストランにて催された。

 夫となる男はプロデューサーであり、眼鏡がよく似合う少しおっとりとした優しい印象を受けた。その隣で微笑む友美の幸せそうな顔を目にして、雅紀は嬉しさと寂しさとが綯い交ぜになっていた。


( これでもう、愚痴を聞くことはなくなるわね )


 少し奇抜な純白のウエディングドレスに身を包んだ友美は、まるで、お姫様のように上品な美しさを醸し出している。

 神父の目前にて、誓いの言葉を交わす二人。

 この幸せが永遠に続きますように。雅紀は、友美の横顔を見つめながら心の中でのみ呟いた。



 その日の夕刻。

 開店までの隙間時間。雅紀はブラックコーヒーを飲みながら、今日一日を振り返っていた。

 雅紀が大学卒業後、バーテンダーの道を選び、単独アメリカへ移住していた時期があった。その間、友美とは音信不通となっていたものの、帰国して間もなく。ようやく店を持つことが出来た雅紀の前に現れたのは、成人して大人っぽく、より綺麗に成長した友美だった。

 本当に縁がある人とは必ず再会するもの。雅紀は、その再会を心から喜んだ。この店の常連となった友美もまた、自分と同じ思いだったに違いない。

「……なぁーんてね」

 呟いた。その時、ドアが開くと同時に、「雅ちゃーん」と、いう今まさに考えていた本人の声がして、一瞬だがまるで不意打ちにでもあったかのように固まってしまう。

「と、友ちゃん。どうしたの?」

「雅ちゃんに会いたくなってきちゃった」


(それは、こっちの台詞だっつーの)


「それは嬉しいけど、旦那さんは? まさか、新婚早々放ったらかしにして来たわけじゃないわよね」

「そんなことしないってば。急に会社から呼び出されて行っちゃったから、私もここに来ただけ」

「それならいいんだけど……」

「それにね、ずっと雅ちゃんの作ってくれたカクテルが飲みたくて仕方なかったんだ」

 いつものカウンター席へと腰掛ける。と、友美は満面の笑顔で雅紀を見つめた。雅紀もまた、呆れ半分の微笑みを返す。

「私が結婚して、もう愚痴を聞くこともなくなる。とか、考えてたでしょ」

「まぁね。あたしの代わりはもういるんだから」

「残念でしたー。雅ちゃんには、これからもずっと私の愚痴を聞いて貰いますからねー」

「なによ、それ」

「だって、本音で話せる人って……雅ちゃんしかいないんだもん」


(なんなのよ。その可愛い顔は)


 ずっと見守ってきた友美にふさわしい相手が見つかり、その男性との新生活がスタートしたというのに、この子は何を言っているのやら。と、雅紀は溜息をついた。

「友美ちゃんは、これからも輝き続けなければいけない人なのよ。この結婚を機に、女優としても妻としても。いずれは、母親としても強く生き続けなければいけないの。だから──」

「だからこそ、雅ちゃんが必要だったの!」

「……え?」

 今までよりも真面目に、本気で諭そうとして友美の心の叫びともいえる声を聴き、雅紀は呆然とするしかなかった。

「いつからかは覚えてない。けど、雅ちゃんのことが大好きだったの……」

 雅紀とは別の感情で悩んでいたこと。好きになっても報われないこと。今の夫と出会うまでは、諦めたくても出来なかったことなど。次から次へと、とめどなく溢れる友美の思いを受け止め、雅紀は真剣に自分の気持ちを伝えた。

「友美ちゃんの気持ちは嬉しいけれど、あたしを選ばなくて正解だったと思う。あたしがゲイだからってだけじゃない。大好きな人だからこそ、幸せな人生を送って貰いたいと心の底から願っているからよ」

「私のこと想ってくれてるならっ……」


(どうして、私を選んでくれなかったの?)


 友美は心の中でのみ叫んだ。雅紀の少し困ったような瞳を前にして、余計に虚しさを感じる。と、同時に、どうしようもない程の寂しさが胸の奥底から込み上げて来る。

「ごめんね。困らせるつもりはなかったのに……私ってほんと、わがまま過ぎだよね。ほんとにごめんなさい」

「友ちゃん。ずっとあたしのこと頼ってくれたよね。逆に、あたしが落ち込んでた時、励ましてもくれたわよね。あたしも友ちゃんから沢山元気をもらえた。友ちゃんだったからこそ、こうして自分らしく生きられたんだと思う」

 短くも長い沈黙。いつものように、優しく微笑む雅紀に、友美も目元に涙を滲ませながらにっこりと微笑む。

「改めて、ご結婚おめでとうございます」

「……ありがとうございます。今度こそ、幸せになるね」


 それから、間もなくして帰宅するという友美をタクシーに乗せ、見えなくなるまで見送った。ふと、藍色の空に輝く一番星を見遣る。

 幼い頃、二人で見上げた空を思い出し、そっとほくそ笑んだ。

「ずっと、ずっと見守っているからね」




【END】

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