第25話 おみやげ

この時代において、

旅行ほど無意味なものはない。

そう思われている。

そして、おみやげという習慣は、

何百年も前の奇異な風習として、

少し語られる程度になった。


旅行に行かなくても、

電脳でダウンロードすれば体験できる。

電脳の情報は、実際の体験とイコールの世界だ。

その気になれば身体を残したまま、

世界一周だってできる。

それは、パンダの恐怖のない、

とても優雅なひと時。

誰かにお土産を買う必要なんてどこにもない。

体験したことがすべてで、

それ以上何かを買う必要などない。


観光名所と呼ばれる場所は、

体験の情報を作ることに躍起になった。

つまり、誰かに体験してもらって、

それをネットにアップする。

全身サイボーグだと、全身信号なので変換の必要がない。

雇われサイボーグは、

かいがいしく世話を焼かれ、

綺麗な景色を見て、

温泉なんか入ったりして、

その情報をネットにアップする。

経験をそのまま体験できる。

それを有料ダウンロードしてもらうという仕組みだ。


雇われサイボーグの経験した旅行。

それは、パンダの脅威にさらされ、

なかなか町からすら外に出られない人々に、

少しの気分転換をもたらす。

外に出ればパンダがいる。

恐ろしい凶暴なパンダが。

それなのに、

世界はまだこんなにすばらしい場所が残っている。

それを経験できる。

ネットワークというものはすばらしいね、

電脳というものはすばらしいねと、

人々の意見は帰結する。


雇われサイボーグは、

世界を旅する。

多少のメンテナンスが必要だが、

旅行経験ダウンロードは予想以上に金になる。

いつの時代も無意味なことに金を使う人種がいるものだと思う。

そう、無意味な、お土産。

また来てくださいと、渡されるお土産。

お土産までは、ネットに上げていない。

また来てくださいという笑顔も、

ネットに上げていない。

昔はわざわざお土産を買ったという。

何のためにだろうと、サイボーグは思う。


昔ながらのもの。

サイボーグにはその価値がわからない。

饅頭や手ぬぐい。

置物。

そういったものが、増えていくばかり。


もしかしたらと、サイボーグは思う。

昔の人は、こういう無意味なことに意味を見出せる、

余裕か何かがあったのかもしれない。

そう思ったら、サイボーグはちょっとだけさびしくなった。

今はどこに出かけるにも、

大体武装して、

パンダ襲撃に備えないといけない。

凶暴な野良三毛パンダはどこにでもいる。

このサイボーグも身体にかなり武器を仕込んでいる。

そうでなければ旅行なんてできない。

そうでなければ生き残れない。


余裕のない人間。

余裕の証のお土産。

お土産はどこもパンダグッズになったなと、サイボーグは思った。

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