第19話 嗜好品

この時代では、タバコなどが少ない。

タバコはずいぶん昔に禁じられ、

今では電脳にタバコの情報を一時的に入れることができる。

副作用、副流煙がない。

昔ながらのタバコを愛好するものには、

少し物足りなく感じられているようだ。

しかしながらタバコは高い。

タバコは裏で売られているので、

どうしても高くなる。

合法ドラッグもあるが、

古いタバコほどの感覚はないらしい。


喫煙空間で男がタバコを吸っている。

昔ながらのタバコだ。

ただ、タバコの葉には、笹が混じっている。

ミックスと呼ばれている、グレーのドラッグだ。

笹を取り締まってしまうと、

笹でおとなしくなるパンダに悪影響が出ると、

政府も取り締まれない。

男はミックスのタバコをうまそうに吸う。

人のタバコとパンダの笹。

もし、人間とパンダのハーフなんてのがいたら、

ミックスはさぞかしいい薬になるだろうなと男は思う。

男は一本をゆうゆう吸って、

喫煙空間から、喫茶店に出てくる。

とある喫茶店。

喫茶店というのもずいぶん古い呼び方だが、

とりあえず食堂よりは喫茶店に近い施設。

古いものだから、まだ、喫煙空間が残っている。

コーヒーを摂取したり、

軽食を摂取したりする。

静かなクラシックが流れている。

何百年経とうが、

残るものは残る。

タバコだって残った。

この音楽だって残った。

静かな喫茶店で、男はコーヒーを注文する。

タバコも好きだが、

昔ながらのコーヒーも悪くない。

電脳への付加情報の少ない、

混ぜものなしのコーヒーがいい。

ブラックゼロというコーヒーが男の好みだ。


「お待たせしました」

しっかりドリップをした、ブラックゼロが出てくる。

クリームも砂糖も、電脳安定剤も入っていない、

古い飲み物。

いつものように、悪くないと思う。

最近は笹パウダーを振り掛けるというサービスもあるらしい。

男はブラックゼロでいい。

しかし、人間もパンダ化しているのだろうか。

そのうち白黒の体毛が生えるんじゃないだろうか。

男はそれはちょっといやだなと思う。

何百年も前に滅ぼされかかったパンダ。

笹を食べて命をつないできた生き物。

今度は人が笹を摂取する。

メンテナンスの必要な電脳に、

笹を入れて爽快感を得るという。


今度は人間が滅ぼされるんだろうか。

それとも、人間もパンダもごちゃごちゃになるんだろうか。

男は白黒はっきりしていたほうがいい。

でも、グレーのミックスはやめられない。

未来なんてわからない。

タバコもいつ消えるかわからないし、

ブラックゼロもなくなるかもしれない。


最近タイヤに乗って遊びたくなった。

男はうっすら、そんなことを思う。

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