運命の人じゃない君へ
氷垣イヌハ
星の数ほどの選択肢
私たちの出会いは運命だったと思っていた。
けれど、それはどうやら違ったみたいだ。
「ねえ、知ってる? 量子の世界に絶対とか、必ずっていうものは無いんだって」
それはいつの日だったか君に教えてもらった物理のお話。
「だから、運命って言うのは無いんだよ」
文系な私にはよくわからないその話を聞いても、今まで運命を信じてきた。
私達の出会いは中学生の時。入学して席が隣同士だったところから始まった。
隣の席だったから朝の挨拶から始まって、ホームルームが始まるまでに今日は授業で当てられそうだけど予習してきたかとか。
最初はそんなありきたりな話ばかりだったと思う。
そんな他愛のない話をしてるうちに共通する趣味があることやお互いの苦手な授業を教え合うようになって私達は誰もが認める友人になった。
それからだから、もう長い時間君とはいつも一緒だ。
だから、この先もずっと一緒だと思ってた。
よくよく考えると、よくここまで関係が続いてきたなとも思う。
君に聞いた話。人は一日に三万回も選択する。
何か一つでも変わればきっと私たちは親友じゃなかった。
進級や進学のタイミングでいくらでも関係性は変わってもおかしくはなかったのに。
高校への進学にしても君の志望校と私の志望校が同じで、しかも成績的にぎりぎりだった私の勉強を君は嫌な顔せずに教えてくれたよね。
おかげで二人で合格が決まった時は抱き合って喜んだよね。
今だから言うけれど、あのころには私は君のことが好きになっていた。
好きなことも一緒、話も合って一緒にいる時間がとても心地よい君にいつしか私は恋をしていた。だからこの出会いに運命的なものを感じていたんだ。
だから、ちょうど一年前の昨日。
私は君に告白した。
「君のことが好き。私を、彼女にしてくれない?」
その言葉に、君は照れながらも頷いてくれて、私たちは恋人になった。
この一年はとても充実していた。恋人になってから初めてのデート。
いつも私の方が待たされることが多いのに君に可愛いって言ってほしくて、着ていく服を迷いすぎた私は、初めて君を待たせた。
十分遅れの私が見つけた君は、少し不安そうに見えて少しだけ可笑しくて。
いつもの自分のことを棚上げにして遅いよという君に、私は笑いながら謝った。
運命の出会いなら、こんな毎日がずっと続くって思ってた。
そんな毎日はもう今日で終わりなんだね。
ここ最近いつも君は忙しそうで、とても疲れているみたいで。
寂しいのもあったけど、体のことが心配でついついうるさいことを言ってたよね。
きっと重い女だって思ったよね。だから嫌われたって仕方ないと思う。
「ねえ、私たちの出会いって運命だったのかな?」
私がそう聞いたら君はきっとこう答える。
「運命なんかじゃないよ」って……
「運命はあるのかもしれない、でもこの出会いは運命なんかじゃない」
いま、目の前の君はそう私に静かに告げる。思っていた通りだ。
交際一周年の記念日は昨日だ。本当は昨日二人でお祝いしたかったけど、君は忙しくて。
今日こうして星の下、私が告白した木の下で一日遅れで会っている。
今日で私たちの今の関係は終わりを迎えるんだとはっきりと感じた。
「もし過去をやり直して、何度君と出会っても、必ず恋人になったとは思わない」
君は少し言いにくそうに、そしてそれでも私の瞳を正面から見つめてくる。
この後の言葉が何なのかは鈍感な私にも、もうわかっている。
「もし、いくつもの可能性があって星の数ほどの君に出会っても……」
君の瞳を見ている私の目には涙があふれてくる。
「そっか、君は運命の人じゃなかったんだね」
私は泣きながらそう答えた。これが運命なら未来も、きっと決まってるんだと思う。
「苦しい時に側にいてくれたのは君で、本当に欲しい言葉をくれたのも君だった」
そう言いながら君は私に前に跪いたまま続ける。
「どの世界の君よりも、いま目の前にいる君とこれからも一緒にいたい」
私は次の言葉を待ち焦がれる。
星のように輝く石のはまったリングを差し出しながら君は私にそう言う。
私の答えは決まっている。
「私も、だよ。これからも一緒にいてね?」
今までの過去があって、その過去で私を思って苦しい時に助けてくれたは君。
今この世界にいる私を思ってくれていたのはずっと、今目の前にいる君だけ。
もし世界をやり直せても、何度君に出会えても。
「いま私が好きで、これからも一緒にいたいと思うのはどの世界の君よりも君だけだよ」
私は泣きながら君にそう告げる。
運命の人じゃない君は、それでも私の一番大切な人。
そして、これからは家族になる人。
もしかしたらこの星空よりも多くあった可能性の中で、君に会えた奇跡は運命じゃない。
運命の人じゃない君へ 氷垣イヌハ @yomisen061
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