第18話 第三章 4
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ハンカチをズボンのポケットの中から取り出してペット用ケースの入り口の前に置き、扉を開けた。
リモコンを見せながら、ボタンを押す。
カミクズはペット用ケースから転がり出てハンカチの上に乗っかった。
「今、出る時、ジャンプしました?」
「しました。進化させました」
「凄い。それに、きれい。泥ついてませんね」
平田さんは、カーペットに座り込み、前かがみにカミクズを眺める。
「ええ、特殊コーティングを施してあるんです」
「特殊コーティングですか。難しいこと分からないけど、カーペットの上でも転がすこと出来るんですか」
「出来ますよ。でも、特殊コーティングと言っても微細な泥がついている可能性があります」
「大丈夫ですよ。ゴンジロウなんか、通りでゴロゴロしたりして、そのまま、カーペットの上でゴロゴロなんてしてますから」
「もうひとつ、奥さんが初めて見た時より、折り目が、鋭角的になっていますので、カーペットに跡が付きます」
「転がった後がつくだけでしょう?」
「まあ、そんなところです」
「でしたら、まったくオーケーです。それより、見たいです」
平田さんは言った。
「分かりました。じゃあ、少し転がしてみましょうか」
ハンカチの上でお行儀よくじっとしているカミクズに塚本は、リモコンを見せた。
ニャア、とゴンジロウが、鳴いた。
いつの間にか、ゴンジロウは、数メートルの距離を保ってお座りの姿勢を取っている。
「ゴンジロウ、ちょっかい、出したらだめですからね」
平田さんは、注意する。
「大丈夫でしょう。得体が知れない変な物体に逃げ出すかも知れませんよ」
塚本は、言った。
ジャケットの中のカミクズに反応して逃げ出したあの日のことを平田さんはもちろん知らない。
塚本は、リモコンのボタンを押した。
カミクズは、細い筋の軌跡を残して、ゴンジロウがお座りする部屋の中央へと転がって行った。カーペットの上でも、ゆっくりとしたスムーズな転がり方である。布に引っ掛かる様子もなかった。
ミャア、と鳴いてゴンジロウが立ち上がった。
「ゴンジロウ、だめよ」
平田さんは、ゴンジロウの方に行こうとしたが、途中で「本当に逃げてる」と笑いながら宙に浮かせた腰をおろした。
ゴンジロウは、速足で横方向に逃げ、部屋の中央で止まったカミクズを眺めている。
「怖いんだ」
「ゴンジロウ、大丈夫、カミクズは、君と友達になりたがっているみたいだ。おいで」
カミクズが、揺れた。思いがけない動きに塚本は慌ててリモコンを押した。平田さんの視線がゴンジロウに向けられているのにほっとする。子供達の時と同じように悪戯心を起こされたら言い訳に苦労する。リモコンから指を離さない方がいいだろう、と塚本は思う。
「お友達になりたいんですって」
平田さんが言うと、その言葉を理解したようにゴンジロウは、一メートル位まで近づいたが、ぴたりとそこで止まったのだった。
カミクズが、前に少し転がり、Uターンをするかにカーペットを転がりハンカチの上に乗っかった。けれど、ペット用ケースに入ることはなかった。
「ジャンプもすれば、Uターンもスムーズ。すぐにでも、商品になりそうな気がしますけど」
平田さんが言った。
「まだまだです」
「だけど、あんまり、高い理想を持っていると、他の人に先を越されちゃうんじゃありません?」
「はあ」
塚本は曖昧に答えた。平田さんは、皮肉などいう奥さんではなかったが、自分がずっと独身にいることにつなげて考えてしまう。言った平田さんの心の中もそことつながってしまったようである。
「ごめんなさい。今のは、塚本さんが、ずっと独身でいるのとは関係ありませんからね」
平田さんは、慌てて否定した。
「分かっています。少しだけ連想はしましたけどね」
塚本は、冗談めかして答える。
「やだ。本当にそんなつもりじゃないですよ。だけど、これ、特許出してあるんですか。うちの人が気にしていました」
平田さんのご主人は、機械メーカーの総務の仕事をしている。すらりとした体型をした人で、礼儀正しく穏やかな雰囲気を漂わせている人だ。
「特許ですか。それは、考えましたけど、難しいんじゃないかと」
「でも、真似されたら、しゃくにさわるじゃないですか」
「そうですね。自己防衛のために出しておこうかな。スラロームと描いたり、ジャンプしたり、スピンでクルクル回れたりしたら、十分新規性があると思えますものね」
「スピンって、これがクルクル回っちゃうんですか」
「ぜひ、そこまで、出来るようにしたいと思います。フィギャアスケート並みの高速回転を狙っています」
「オモシローイ」
「ところで新しい家族になる猫ちゃんは」
「ごめんなさい。お見せします」
平田さんは、ペット用ケースを持って来た。
カーペットに座る塚本から少し離れた場所に置いた。
ミャッ
微かな鳴き声が、聞こえた。
「お覚悟は、およろしくって?」
平田さんは、もったいぶった言い方をした。
子ネコに思えるが、余程珍しい猫なのだろうか。
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