第60話 空を拒絶する裕樹

 僕がフラッシュバックを起こしそうになっているのに目ざとく気付いた空さんが、すっと僕にくっつくくらいのそばに立つ。小さな声で僕に話しかけてきた。


「大丈夫? 具合悪そう。また『来ちゃった』?」


「全然大丈夫です。僕のことは無視してください」


 若干の脂汗を流しながら僕は少し威圧的なくらいの口調で言ったが失敗したようだ。心配顔の空さんが食い下がってくる


「そんなわけいかない。少し休んでた方がいいよ。後は私が見てるから」


「いえ、平気です。なんてことはありません」


「でも、心配なの」


「ですから心配いりません。僕のことはもう構わないで下さいっ」


 固い声で答える僕。だからそんな顔でのぞき込まないで下さい。そんな目で僕を見ないで下さい。僕の胸が潰れそうになるから。そして僕は思い出してしまうから。あの日のことを。あの彼女ひとのことを。


「う…… うん」


 やっと空さんが諦めてくれて僕はほっとすると同時に嫌な気分になった。


 昨日泉で僕から目を逸らし、まるで逃げるようにして大城おおきさんと一緒になって消えていった空さんを思い出した。


 「二人だけの秘密の場所」。そう言ったのは空さんじゃなかったのか。あの時あそこで感じた通り、僕はもう空さんには不要な人間になったということだ。これがという奴なのか。いや、そもそも変わってなどいなかったのだろう。僕はなんだか馬鹿みたいな気分になってなってふっと自嘲的に笑う。それに気づいた空さんがまた何か言いたそうな顔をした。そしてぴったりと隣り合ったまま顔も合わせず自己弁護に走るように訴えかける。


「でも、私にも心配くらいさせて。もっとひろ君の役に立たせて」


 空さんはひどく心配した様子の声で僕に囁く。空さんはなぜこうして中途半端な親切心を見せるのか。その声に僕のいら立ちはさらに増した。ぐっと拳を握り息を吐き出す。


「いいえ、ご心配には及びません。こんなことになった以上空さんのお手を煩わすようなことはもう何もありません。そういう気遣いは大城おおきさんにこそするべきでしょう。そんな言葉、僕に使ってももうとっくになんの意味もない言葉だ」



【次回】

第61話 決別、引導

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