第59話 責苛(せめさいな)む記憶

 波左間さんが入江さん夫妻で料理を作る企画を僕と空さんで眺めている。二人とも意外と料理上手だ。その間テレビスタッフが克弥君に目を配ったり一緒に遊んでやったりしていた。


 僕と空さんはムネさんからの指示でフォロー要因として待機している。


 幸福そうな家族でもあり人生の成功者にしか見えないが、この夫婦にも不遇の時代があったそうだ。特に奏輔さんはテレビなどでは決して口にしないので週刊誌の噂にしか過ぎないが、とある「事件」に巻き込まれて手を負傷しピアニストとしての道を断たれたのだとか。それも女性がらみの事件らしい。同じころ藍さんは進むべき道を見失いスランプに陥り放浪生活をしていたという。それぞれ深い苦悩を乗り越えて栄光を掴んでいる。


 では僕はこの苦しみを乗り越えた先に何を得られるのだろうか。二人のような栄光は無くてもいい。ただ心の平穏さえあれば。その平穏の中心に空さんがいてくれていれば。だけど今は言葉が見つからない。すぐ隣にいるのに何を言っていいか判らない。何を言っても今は恨み言しか僕の口から出てこないだろうから。それにどうせもう空さんは大城おおきさんを選んだのに違いない。僕には関係のない話だ。


 すぐ横に、体温を感じるほど隣にいるのに、僕は言葉を切り出せないこの状況、この関係。それが歯がゆい。僕は決してこうなりたくなんてなかったのに。いや、違う。こうしたのは僕じゃない。空さんなんだ。これから僕は一体何を信じればいいんだ。何もかもがすっかり変わってしまったかのようだ。


 空さんのことを考え悶々とするうちに、かまどの火がひつぎを燃やす炎のように見えて僕は激しい眩暈めまいに襲われる。立ち上る煙が火葬場の煙突から立ち昇る煙のように見えて僕はあやうく叫び出しそうになった。まずい。まただ、またフラッシュバックだ。



【次回】

第60話 空を拒絶する裕樹

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