第12章 昼寝

第54話 シエロとお昼寝、空の罪

 空さんが馬事乗馬部門に異動してから四日後。僕は馬たちの様子を見に放牧場へ向かう。


 普通は二人一組で行くのだが、原沢がどこかへと消えたいぬいさんの代わりにやらなくてはいけない仕事ができたため急遽僕一人でやることになった。


 本当にいぬいさんはいつもどこをほっつき歩いているんだ。


 こんな時空さんがいてくれたら。原沢のような陽気なおしゃべりなんかいらない。ただ黙って隣に立っていてくれるだけで。


 一人で放牧場へ向かった僕は一頭一頭の様子をつぶさに観察する。大きな群れ、小さな群れ、単独を好む馬それぞれを安全な距離から見て回る。するとシエロがいないことに気が付いた。空さんがいればそれだけでシエロの方から駆け寄ってくるのに。ただ普段は単独行動の多いシエロのことだ、どこかに一頭で佇んでいるに違いない。


 そうして丘の下り斜面に足を踏み入れた時、僕はとんでもないものを目にしてしまった。シエロが斜面に横になって寝ていたのだ。こんなことは初めて見た。よっぽどリラックスしないとしない姿勢だ。だがそれだけではなかった。その傍らで空さんがパステルとスケッチブック片手に大の字になってすやすやと寝ていたのだ。空さんの顔とシエロの鼻面はくっつかんばかりだった。


 これは危険だ。シエロが突然動き出したら、そのあおりを食らって空さんは怪我をしかねない。ひづめで身体を踏まれた日にはどんな大けがをするかわからない。僕は青ざめた。


 僕はできるだけ1人と1頭を刺激しないように近づきこっそりと空さんに声をかけた。


「空さん、空さん」


「ううん、ひろくん……」


 空さんが寝返りを打って微笑んだ。僕は今まで見たどんなものとも違うほほえみを見た。平和で満ち足りた笑顔に、いつもの不穏なかげ、背中に生やしたか黒き死の翼はみじんも感じられなかった。タンポポのような笑顔だった。


 だがそれも長くは続かなかった。低い声でつぶやくと苦しそうな顔で涙を流す。


「ごめん、ごめんね、ごめんなさい……」


 ずっとそればかり言う。


 これが空さんの背負った罪科つみとが。寝ていても決して解放されることはないのか。僕は空さんの苦悩と自分の罪が重なり、空さんを不憫ふびんに思った。



【次回】

第55話 笑顔と涙

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