第51話 空なりの気遣い

 僕は記憶の糸を手繰たぐりり寄せふとあることに気付く。


「そう言えば」


「なんだ」


「僕に甘えないでいられるようになりたい、負担になりたくない、と以前に何度も言っていました」


「なるほどそれでか」


「それしか考えられません」


「しかし、なんと言うか……」


 ムネさんはあごひげをさすりながら苦笑いをする。


「いい年してガキだなあ、お前ら」


「うっ」


「そういうことならまあいい。裕樹ひろきの見立て通りなら、あいつを馬術乗馬部門に移しても大丈夫ってことでいいな。それでいいのか」


 大丈夫かと言われればおそらく大丈夫だ。だけど、僕の心の中は全然大丈夫じゃなかった。空さんが馬術乗馬部門に異動するとなれば、空さんのことを熱い視線で食い入るように見つめていた大城おおきさんとずっと一緒にいることになる。そう思うだけで胸が苦しくてたまらない。それだけじゃない。僕はもう空さんにとって不必要な人間になったから異動するのだろう。そう思うと自分の無力さと同時に寂しさがこみ上げてくる。だけど僕は自分の心を押し殺して空さんのためだけを考えるようにするべきだ。そう思った僕はムネさんに答えた。


「空さんは馬術乗馬部門に異動しても大丈夫です。問題ないと思います」


 ムネさんが僕の眼をのぞき込むようにして言った。どこか僕を案じるような目だった。


「もう一度確認するが、


「……はい、構いません。僕なんかのことより空さんの希望をかなえるべきだと思います」


「そうか、判った。あとで後悔すんなよ」


「後悔なんてしません、絶対」


「よし」


 ムネさんはその場から立ち去る。


 その日の夕食後のミーティングでムネさんは空さんの異動を発表した。


 ホールは一瞬静まり返る。このあとまた噂話が嵐のように吹き荒れるのだろう。遠くに座っている大城おおきさんは控え目に言っても得意げな表情だった。まるで空さんを自分の所有物にしたかのように勝ち誇っているのが僕だけでなく誰から見てもよく分かる。一方で今はまだ僕の隣に座っている空さんはずっとうつむいていてその表情は見えない。が、その背中は心細そうだ。


 夕食後の空き時間、僕は大城おおきさんや原沢はもちろん誰とも顔を合わせたくはなかった。用具室から傘がよれよれになった古臭いカンテラをもっていつもの場所へ、泉へ行く。夜にあそこに行くのは初めてだったが、どういうわけかあそこには空さんがいるような気がした。



【次回】

第52話 自身を憎悪する空

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