第49話 空の変化

 空さんは呆気にとられた表情でしばらく僕を見つめる。顔を火照らせた僕は気まずくなって目をらす。


「私忘れ物減らすね。あと遅刻も」


「えっ」


 僕が驚いて空さんの方を向くと空さんはどこか照れたようで上気した顔で僕を見ていた。


「子供の時からぼんやりしていて小学校の時から忘れ物の常習犯だったの」


「そうだったんですか」


「高校入ってもお弁当と体操着とかまとめて平気で忘れちゃうのよ。ばかみたいでしょ」


「いやいやそんなことないですよ」


「だからもうひろ君には迷惑かけないようにするね」


 そうか、空さんはあのことをまだ気にしていたのか。


「どんどん迷惑をかけていいんです。そのために僕はいるんですから」


 僕は真剣に答えた。空さんの瞳から暗いかげが拭い去れるのだったら僕はなんでもする。


 だから、だからどうか死なないで下さい。どうか。あの女性ひとのようにはならないで。


 空さんの表情も真面目になる。


「でもそれじゃ悪い。私自身も成長できないし。だから、少しずつだけど私ひろ君に甘えないで生きられるようになりたいの」


「もっとずっと甘えてきてもいいです」


 僕が言うと空さんは突然感情のない声で返してきた。


「私こう見えて結構よ」


「重い?」


「そっ」


 その瞬間、空さんの瞳に濃いかげが差す。空さんに死をもたらそうとするあのかげだ。僕はぞっとしたが空さんの正面に立つと言い切った。


「いくら重くても僕は平気です。その重さもろとも空さんを受け止めてみせます」


 僕の真剣な答えに以前のように無表情な空さんは何も言わず、ゆっくり立ち上がって背伸びをした。背伸びから直ると暗いかげは姿を消す。僕を見つめる瞳はいつもより温かみを帯びていた。


「もう帰りましょ」


「えっ、でもスケッチの方は……」


「うん、もういいの、それにこれからヤツデと放牧場の動画撮るのよね」


「あっ、そうだった。急がないとっ」


 空さんはそれとはわからないくらいうっすらと微笑みながら、素早く駆け出すと僕を追い抜いてゆく。


「急がないと置いてくよ」


「そっ、空さん待って下さいよっ」


 僕たちはいつの間にか笑いながら放牧場へ駆けて行った。まるで子供がじゃれ合うみたいだった。


 それからごく短い期間だったが、空さんの忘れ物は少しずつ減っていった。僕も忘れ物をしないようあらかじめ空さんに声をかけるようになった。



【次回】

第50話 空の異動

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