第30話 煩悶しつつ空を思い心を欺く裕樹
空さんが乗馬訓練を始めてから3日ほど経った頃だろうか。僕たちの班が夕のお勤めを終わらせて、本館に帰ろうとする僕たち2人。僕と空さんはいつも通り人の輪から外れ静かに並んで歩いていた。僕たちに声をかける人たちはいない。ここで僕たちはいないも同然だった。と、空さんがぼそりと口を開いた。
「明日から、午後の練習も
抑揚のない声でそういう空さんは少し背を丸めて縮こまっていたように思う。その小さな姿はなんだかひどく申し訳なさそうにも見え、とても心細そうにも見えた。僕は少し驚く。大城さんのいる馬術乗馬部門ではそんな時間の余裕はないと思ったからだ。僕が驚いて立ち止まると空さんも立ち止まった。それだけではない。空さん自身はそれでいいのだろうか。これは空さん自身で考えた末の選択なのだろうか。僕は思わず訊いてしまった。
「それで大丈夫なんですか空さん」
「ん、ふれあい観光部門だって忙しいし、乗馬馬術部門で乗馬専門の
「間違いない……?」
僕は憮然とした。すると何か、僕の教えてきたことは「間違い」だったと言いたいのか。僕だって一通りのことは学んできているし、それを空さんにきちんと丁寧に教えていたつもりだ。
ただ、僕は少し考えなおした。
「そうですか。間違いと言われるのは納得いきませんが、馬術乗馬部門の人たちと馴染むのはいいことだと思います。乗馬の練習が一通り済んだらいずれは馬術の練習もするわけですしね」
「うん、そうね」
意外にも空さんの反応は薄く、短く答えるだけだった。僕はその態度の裏に空さんは本音を隠していると疑った。
「何かあったんですか?」
「私のことでひろ君にはいっぱい余計な時間を取らせてたんだよね」
僕は直感した。これは誰かに何か吹き込まれたな、と。僕は笑ってごまかした。
「いやいや、僕はこう見えて時間を作るのが上手いんですよ。心配いりません」
「じゃあ」
空さんの表情が微かに明るくなったように見えた。
「いや、それでも午後の練習も
「そう…… そうね、私頑張る」
空さんは落胆し不安に満ちた表情で僕にうなずいた。
「大丈夫です。すぐに慣れますよ」
「うん……」
僕が励ますと空さんは曖昧な笑みをかすかに浮かべるようになるまでにはなった。だがやはり心細そうだ。そのまま僕らは本館に入って挨拶をかわし、各々の部屋に入って行った。
僕は布団に潜り込むと、空さんの不安げな顔を思い出し、僕まで理由の見つからない不安に襲われまんじりともせず短い夜を過ごした。
【次回】
第31話 湧き上がる微かな妬心
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