第18話 原沢とのひと時

 夕食後、ムネさんが空さんのことを紹介する。


 空さんはふれあい観光部門の見習いとして僕の指導下に入ると紹介された。微かにどよめく一同。この人手不足のなか、まだ未熟とは言え僕と言う若い戦力が失われることに落胆のざわめきが聞こえる。


 広い食堂兼ホールで四十人近くもの探るような視線や好奇の視線を浴びる空さん。果たして空さんにそれだけの労力を削られてもいいメリットなんてあるのか。


 そんなあまたの視線に全く動じず、けれどうつむいて小さな声で「よろしくお願いします」とだけつぶやいて席に着く。印象は悪いだろう。だがこれが今空さんに出来る精いっぱいだと思う。僕が守らなくては、との思いがふつふつと湧き上がる。僕が空さんを守らなくては。僕はまた7年前の出来事を思い出していた。


 


 僕の心臓に鋭く太い針が刺さるような痛みが走る。


 食後、空さんと一緒に夜のお勤めも済ませ空さんが本部の自室に入ったのを確かめてから仮眠をとる。仮眠から覚め僕が夜の見回りを始めるとすぐ後ろからいつもの声が聞こえてきた。


「アニキっ」


「アニキじゃない」


 僕はつっけんどんに答えた。


「じゃひーろせーんぱいっ」


 甘ったれた声で僕の背後から声をかけてきたのは原沢だった。


「どうだった岩谷さん。さっきホールでサボってたぞ」


「そうなんすよ。おかげでもうぐったりっす。ね、ごほうびにいつものあれして下さいよ」


「あれ?」


「ほらこれ」


 原沢は自分の頭を指差す。


「ああ」


 僕は原沢の頭をポンポンしてやった。だらしないくらい相好そうごうを崩す原沢。


「にひひー」


 だが僕はなぜかかすかな罪悪感を感じた。これはもうやってはいけない事のような気がした。トレードマークである白くて泥だらけのつなぎを着た原沢は若い身体を軽快に翻して言う。


「ね、センパイ、しかしあれなんなんすかね、空ってやつ」


「どういう意味だ」


「いきなりここで仕事始めるってなったけど、ひょろおおっとして、全然筋肉がなさそうで。それになんだかずーっとぼーっとしてて。あれでやっていけんすかね」


「やってってもらわなくちゃ困る」


「センパイも災難すね、あんなのの指導担当だなんて。自殺志願者ってヤツっしょ? マジヤバくないすか、あれ?」


「ああ、確かにヤバいな」


 原沢が言う通りだ。空さんはマジでヤバい。もっと目を離さないようにしないとまたいつ自殺企図するか……


「でしょ、死なれても困るし、ここがそんな甘くないとこだってとっとと見せつけて追い出しちゃいましょうよ」


「いや、追い出したらもっとヤバいことになるだろ」


「え?」


 僕は飼い葉桶に干草を補充しながらうめく。


「とにかく放っておくわけにもいかないんだ、指導でもなんでもしてちゃんと仕事を身につけてもらって早く一人前になって貰わないと困る。自殺企図については僕と西牧先生とで何とかする。それにシエロとの相性もある。これはとっても貴重なもんだ」


 原沢が僕の手伝いを勝手にするのに任せて僕はシエロの馬房まで行ってシエロに挨拶をする。シエロは僕が近づいても嫌がる様子ひとつ見せない。原沢も手を休めてシエロの馬房ばぼうに来た。


「へえ、ほんとっすね。一昨日までのシエロとはちょっと違うっす」



【次回】

第19話 白骨

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