第14話 予想外な突然の退院

「ひゃあ、しかしやっとこさ厄介払いができましたねセンパイ」


 空さんを附属病院へ送り届けたあと、運転席の原沢が清々しく言う。


「厄介払い?」


 その言葉が僕には気に障った。


「そうっすよ。空」


「ああ」


 僕は厄介払いをしたなどという気持ちはさらさらなかった。今でもあのにごった瞳でぼんやり僕を見つめ、死にたいと泣きそうにつぶやく美しい顔が鮮明に残っている。彼女は入院で回復するのだろうか。そして回復したらもう僕の目の前から消えて、僕とは関わりのない世界で生きていくのだろうか。そう思うとなぜかひどくやるせなかった。


「そんなに厄介だったか」


「は? 何言ってんすかセンパイ。あれを厄介と言わずして何が厄介なんすか?」


「厄介な人間なんていない。例えいぬいさんのような人でもだ。人は必ず何かを成し遂げるために生まれている。『厄介』な人はまだその成し遂げるものを見つけられてないだけなんだと思う」


「へえ、センパイなんだかむつかしいこと言うんですね。でもあたしそんな優しくないんで。厄介もんは厄介もんっすよ。そういやいぬいさんまたへまして今度は放牧場中の馬全部外に出しちゃうとこだったんすから。ほんとにもう何やってるんすかねえ」


 ところが空さんはわずか一週間で退院してしまった。入院後の状態が比較的落ち着いていたことに加え、極めて緊急性の高い複数の患者を入院させることになってしまい、病状の比較的安定していた空さんは押し出されるようにして退院させられてしまったのだ。結局7年前と同じだというのか。僕は不安に駆られた。


 僕と原沢が迎えに行くと、空さんは僕に眼も合わせずすれ違うとすうっと幽霊のように後部座席に身を沈めた。だめだ、ほとんど治っていない。


 空さんは自室に帰ると何かを探すそぶりを見せる。そわそわとして焦ってもいるようだ。僕は自室で保管していたクレヨンのようなもの、しかも50色もある画材を空さんに渡した。空さんが自殺を図った時空さんが胸に抱えていたものだ。


「これを、探しているんですよね」


 空さんは初めてきっと僕をにらみつけこの画材をひったくって胸に抱きかかえる。


「バラバラになったのでちゃんと順番通りに並べ直しておこうと思ったんですが、なかなか余裕がなくて。すいません」


「私がやるから。余計なことしないで。これにはもう触らないで」


 余程大事なものだったんだろうと思い僕はこれに反論はしないようにした。


「これってクレヨンみたいですよね。小学校のとき使ったなあ。懐かしいです」


「クレヨンじゃない。パステル」


「え、どう違うんですか?」


「言っても分からないから」


「あ、はい……」


 空さんはパステルをきちんと順番通りに並べる。


「とても大事なものなんですね。ごめんなさい、もう触らないようにしますね」


「………………」



【次回】

第15話 スカイブルーの涙

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