第12話 生へと引きずり上げる
僕もあの春の日、マンションの10階から見下ろした惨状のフラッシュバックを起こしそうになるが、右手で何度も強く心臓を叩き奮起する。心臓が破けそうなほど激しく拍動している。辛うじてガス栓を閉める。なぜ先住者が退職した時に元栓を閉めなかったんだ。
慌てた原沢が換気扇を回そうとした。
「やめろ!」
僕らしくない厳しい怒声に原沢はビクっと身を縮める。
「換気扇のスイッチを入れればその火花でガスに引火し爆発する。電気製品は一切使うな。窓を全開にして換気しろ」
原沢は青ざめた顔をして一枚しかない窓を開ける。血染めの水に浸かった左手首を見る。手首からびっしりと切り傷の
僕は空さんの左頬を何度か少し強めに叩く。恐らくオーバードーズで多少意識も混濁しているはずだ。だが西巻先生ならそれを見越して生命の危険になるほどの薬は処方してはいまい。案の定空さんは半眼を開き薄ぼんやりとした顔で僕に視線を合わせようとするが、焦点が合わせられないようだ。
「Aeんんrtyうれおぉ……?」
「気がつきましたか?」
「……」
呂律も回らず虚ろで力ない眼だが、それでも僕を睨んでいるのは分かる。
「ど……うして、邪魔ば、かりす、るの……?」
「言ったでしょう。目の前で死にたがっている人がいれば僕は全力で阻止します、って」
「あと少……しで逝けた、の、に……」
「いいえ、そのリストカット、ガス、オーバードーズ、いずれをとっても死には至りません。そうなるようになっているからです。僕が邪魔だてするまでもなく空さんの自殺は未遂に終わったでしょう」
「余計……な、ことし、ないで……逝かせ、て……」
悔しそうに唇を噛む空さん。涙が一筋流れる。
僕は空さんを抱き上げ立ち上がる。なんて軽いんだ。その死を思わせる軽さに僕はぞっとした。
その時空さんが右腕に抱えていた板のようなものが畳の上に落ちる。ふたが開いてここには不似合いなカラフルで小さな棒がバラバラと落下する。それはクレヨンのように見えた。でもなぜ空さんはこんなものを手にしていたんだろう。
いや、それどころじゃない。僕ははっと我に返った。
「原沢、車を用意してくれっ」
「車っ?」
「西巻クリニックだっ」
「了解っすっ」
⚠️
拙作は自死自傷を推奨・
自死自傷の念に苛まれたり生き辛さを感じた時はためらうことなく精神神経科・心療内科を受診なさるかカウンセラーにかかるなど、速やかにご自身の心を守る行動を取って下さい。また、下記の団体などでもこうした悩みや苦しみを持つ方のご相談を受け付けております。苦悩は一人で抱え込まず誰かに吐き出すだけでも解決の糸口になり得ます。小さなことでも人に頼ることをどうか恐れないで下さい。
●厚生労働省「まもろうよこころ」
https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/soudan/tel/
●電話の相談窓口
・「こころの健康相談統一ダイヤル」
(18:30~22:30[22:00まで受付])
0570-064-556
・「#いのちSOS」
(日月火金土00:00~24:00、水木6:00~24:00
※木6:00~火24:00までは連続対応)
0120-061-338
・「全国いのちの電話連盟ナビダイヤル」
(10:00~22:00)
0570-783-556
・「全国いのちの電話連盟フリーダイヤル」
(16:00~21:00/毎月10日08:00~翌08:00)
0120-783-556
・「よりそいホットライン」
(24h)
0120-783-556
岩手県・宮城県・福島県から
0120-279-226
●LINE
・「こころのほっとチャット」友だち追加(Facebookでも受け付け)
・「生きづらびっと」友だち追加
●インターネット
・「いのちの電話連盟インターネット相談」
https://netsoudan.inochinodenwa.org/
●18歳以下
・「チャイルドライン」0120-99-7777
【次回】
第13話 強制入院
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