君に春が来るのなら。
@akimoka
序章
「桜、この目で見たかったなぁ」
そう彼女が言葉をこぼしたのは梅雨の真っ最中だった。
暗い部屋、大きいベット、長い点滴、弱々しい音を出す心電図。
もう夏としてニュースや新聞では最高気温を超える所が観測されているのにも関わらず彼女は春に未練を感じ、既に散ってしまった桜のことを話し始めた。
「来年になったらまた咲くよ」
蒸し暑い部屋、降り続ける雨、忙しい声がする廊下。
「見れるとは言わないところが君はやっぱり優しいね。」
僕の方を向き、笑った。嬉しいような、悲しいような表情がみれ取れた。
雨の音がより一層大きくなり、この空間の静けさを強調した。
「来年...連れてってくれる?」
彼女は明日が見えていた。見据えていた。毎日、毎日信じていた。
いつかは来なくなる明日が見えていた彼女。そんな彼女を支えたいと強く願った。
「あぁ、もちろんだ」
葬式場はあの時の病室みたく暗かった。
結果的に桜は咲かなかった。
彼女は冬に亡くなった。
目の前に置かれる遺影には僕が見たことない君の顔があった。目を細めて口角を上げる姿がある。
僕が出会う前の彼女。目が大きくて優しいイメージを持たせる写真だった。
彼女...もとい月島 寧々はLMDという病気だった。がんの合併症のようなもので、発症した場合寿命は2年くらいだという。
「君はずっと私を見ていてくれる?」
彼女はこんなことを毎日のように言っていた。
それは最期の日だって欠かさず言っていた。
「もしも、目が見えなくなって、体が動かせなくなって、ずっと寝ていて、表情が表せなくなっても。」
僕を見つめるその瞳からは大粒の涙が流れていた。
雨の音に混じっていてもはっきりと聞こえる彼女なりの願い。
心から受け止めることのできなかった僕は今思えば自分が思う以上に彼女の事が好きだったと気づく。
もう僕の前には彼女はいないのに。
君に春が来るのなら。 @akimoka
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