魔剣豪と魔家具使い

上面

決闘

 クリザリド魔法学校は長い歴史と伝統を備える魔法学校であるが、その門は一部にしか開かれていない。ということは無かった。むしろ限りなく開かれていた。

 魔法学校の所在地であるティファカ共和国は永世中立国である。魔法学校の保有する魔法に関する知識や人材の供与によりその独立を保っている。魔法の知識と優秀な魔法使いこそがこの国の礎であり、知識を広め、発展させることに極めて関心の強い風土があった。

 その為、国民や留学生、はたまた異世界転移者にもその魔法知識を広く伝えていた。この世界において異世界転移者の存在はそれほど珍しいことではない。

 

 魔法学校魔法工学科三年生のワダツミ・スラーの朝は早い。

 日の出と共に起床し身なりを整え、身の丈ほどの木製棍を手に持つ。そして校内の男子学生寮から校内中央に開かれた庭に向かう。青色の髪を長く伸ばしたスラーは身体を動かすため髪を縛り、作業用のズボンにシャツのみと軽装になっていた。

 庭には一定間隔にベンチや花壇が設置されている。人通りは無い。

 スラーは朝早いこの時間を鍛錬の時間として使っていた。

 樫の木を使った棍をゆっくりと振っていた。スラーの一番の関心事は家具であるが、肉体を鍛えることも怠っては居なかった。

 スラーは異世界転移者である。年々治安の悪化する平成の日本から異世界転移してきた。転移前のスラーは旧家の長子だった。母の違う二人の妹ではなく自らが家督を相続するということを信じて疑わなかった。ただ妹たちよりも早く産まれたというだけで。それは傲慢だった。スラーと妹たちの母親は身分や家柄にさほどの違いがあるわけでもなかった。

 だが、現当主であるスラーの父は最強の者をワダツミ家の次期当主にするとある日突然宣言した。

 殺害と頭部攻撃を禁止した凶器有の決闘で最も勝ち数が多い者を次期当主にするということになったのだ。町内の強者を特別ゲストとして迎え開かれたドキドキワダツミ家継承リーグ戦で敗北を重ね、スラーは家を出た。

 その後、バイト先の家具屋店長に拾われたスラーは家具に魅了された。人間の生活を支える家具は逆説的に人間の生活を支配しているとも言える。また家具の中には人間には存在しない調和と均衡が存在した。スラーは家具を通して自らが進むべき道を始めて見出せたのだ。それは世界征服だった。自家製家具によって人間の生活を規定し、調和の取れた世界を創造するそのような野望に突如目覚めた。

 スラーは直ぐに家具屋の経営権をかけた決闘を店長に仕掛けた。

「お客様の望むライフスタイルに合わせた家具を提案することが家具屋の在り方だ。若造。家具屋の都合にお客様を合わせるんじゃあない!」

 店長のメガネが発光し、その痩身から刺すような殺気が放出された。殺気に反応し店内の家具が次々とその隠された殺人ギミックを開放しスラーを包囲殲滅する構えを見せた。

「ッ!俺がお客様の生活に……新たな調和を創造する!」

 スラーは店長の言に上手く返すことができなかった。

 そこから先のことについてスラーの記憶は曖昧だった。

 気がつくとティファカ共和国に倒れていたのだ。

 今もスラーの野望は変わっていない。魔法という便利な技術の存在するこの世界を家具によって支配することがスラーの野望であった。その為には力が居る。力が無ければ何も手に入れることができない。それがスラーの認識だった。

 スラーが素振りをしている間に日は徐々に登り、人もちらほらと庭に姿を現してきた。この素振りには意味がある。スラーがあの日の敗北の屈辱を忘れるためだ。素振りの動機を忘れたとき、スラーは妹たちや弱い自分自身を許せるだろう。

「そこの御仁。少しお手合わせできませんか?」

 ティファカ共和国の地ではあまり見かけることのない和装の女がスラーに声をかけた。緑色のケープを羽織ったその姿は魔法学校の学生であるということが一目で理解できる。腰に刀を差しているということは魔法兵科であるだろう。

「構いませんよ」

 スラーは快く答えた。

 実のところ、スラーは戦うことが嫌いではなかった。身体を動かすことは楽しく、勝つことは気持ちが良いからだ。

「私は柳生アインヴァルトと申します。ここでは危険ですし……魔法兵科側のグラウンドまでついてきてくれませんか」


 グラウンドにはベンチがいくつかと設置してあり、その一つに魔法兵科の教員が座っていた。三つ編みに眼鏡をかけた教員だった。

「こちらは私たちの教官の大神先生です」

「模擬戦ということでグラウンドの使用を許可した。殺しはするなよ」

 大神はアインヴァルトに念を押した。アインヴァルトは大神から目を付けられていた。休日の朝から模擬戦の審判として駆り出されたことも大神からアインヴァルトへの当たりの強さの原因かもしれない。

「殺さないですよ」

 そう言うと流れるようにアインヴァルトは腰に差した刀を抜き、スラーに斬りかかった。

 スラーの見立てではアインヴァルトの刀は銀色に塗られた竹光であり、殺傷能力は低い。直撃を受けてもスラーの身体ならば何も問題はない。だが、スラーは自らの身体を地面に沈めた。土水混成魔法『潜行』である。地面の水分と土を操作し自在に泳ぐ魔法だ。地面に潜ったまま呼吸する為には更に風魔法の併用が必要であり、スラーの魔法技量では長時間の『潜行』はできない。

 だが、攻撃を避けるには十分潜ることができた。

 スラーはそう言って、地面の中に全身を沈めた。

「モグラさんだったのですか?」

 アインヴァルトはスラーの気配を追い、刀を振るう。

 刀身以上の斬撃が地面を襲った。これはアインヴァルトの風魔法『不可視の魔剣』である。風を操作し刀身を延長するという単純なものであった。風の刃は鉄を容易く切り裂く鋭さを持つ。

「いずれこの世界を支配する家具屋だ」

 スラーは地面から指先だけを出してベンチに触れた。

 そして土水混成魔法『樹木操作』を発動させた。

 スラーは既に木材として加工されたものであってもそれが木で出来ているものであれば何でも操作することができた。

 ベンチはまるで動物のように動き出し、アインヴァルトに向かって突進する。

「立派な御仁は土の中に潜り隠れて攻撃してこないと思いますが」

 アインヴァルトはベンチを切り捨てながら、スラーを挑発した。

 スラーは挑発に乗らず、ベンチを次々とアインヴァルトに突進させる。

 アインヴァルトの処理能力は動くベンチだけで手一杯になった。それをスラーは待っていた。

 スラーは上半身を地面の上に浮上させ、両手を合わせて指先をアインヴァルトに向ける。水魔法『ウォーターカッター』を発動させた。

 超高速で発射された水はアインヴァルトの利き手に深い傷を負わせた。

 動脈と筋肉が切断され、刀は手から零れ落ちる。

「まだ続けるか?」

 何時でも『ウォーターカッター』を発射できる状態でスラーはアインヴァルトに聞く。魔法学校の校則では生徒間の喧嘩による殺人はどのように処理されるかスラーは思い出そうとしていた。共和国法によって裁かれる可能性も高い。

「いえ。これは私の負けです」

 そう言うとアインヴァルトは泣き出した。自分から喧嘩売っておいて負けたら泣くのかとスラーは内心げんなりしていたが、表情には出さなかった。

「泣くな。泣いて解決する問題は自己の内面だけだぞ」

 大神は口ではアインヴァルトを非難しながらも止血し、予め用意していた包帯を巻いていく。

「じゃあいいじゃないですかあ。負けると悔しいんですよ」

「俺、帰っていいですか?」

 スラーは勝敗がついたので帰ろうとしていた。休日といえども家具を作り、不要な家具を店に売る用事があった。スラーの作る家具は強度や品質が高く、人気があった。

「お前が泣かせたのだから保健室までついて行ってやれ。ベンチもあとで作り直せ」

 大神に言われ、スラーは渋々アインヴァルトの手を取り保健室まで連れていった。

 身内以外の女性の手を握ったのは初めてだとスラーにとって初めてだった。アインヴァルトの手は皮膚が部分的に硬くなっていた。長い間素振りをした良い手だとスラーは思った。

「勝ち逃げなんて許しません。私が勝てるまで今後も付き合ってもらいますよ」

 赤く腫れた目でアインヴァルトは上目遣いでスラーを見た。地元では負け知らずのアインヴァルトにとってこれは初めての敗北だった。そもそも地元である柳生庄には本格的な魔法使いは居らず、剣術を主とする者しか居なかったが。

「身体を動かすのは嫌いじゃないから良いけど、俺が忙しくないときにしてくれ」

 身目麗しい女性と親睦を深めることができたので、たまには身体を動かすのも悪くないなとスラーは思った。




 

 

 

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