クソ勇者

雨後野 たけのこ

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 魔王城の最深部。

 巨大な扉の前で、俺は冷や汗をかいていた。


「いよいよ、ここまでたどり着きましたね……」


「ええ。この邪悪な気配……魔王は確実にこの先にいるわ」


「長かった俺たちの旅も、いよいよゴールまであと一歩ってところか……」


 僧侶、魔法使い、戦士。

 苦楽を共にしてきた仲間たちが口々に言い、そして最後にパーティーのリーダーにして光の勇者、この俺を見る。

 そして俺は、三人の目の前で高らかに手を挙げて一言。

 


「……すまん。ちょっとトイレ行ってくる」

 


 とたんに、仲間達がしらけた目で俺を見た。

 当たり前である。

 逆の立場なら俺もそんな目をする。

 

「……後にはできませんか」


 僧侶がそう言うが、後にしようと思って後に出来るのなら、過去発生した腹痛にまつわる数々の悲劇は存在しなかったに違いない。


「頼む。……今じゃないと駄目なんだ」


 そう言って、仲間達の顔を見る。

 すると俺の真剣さが伝わったのか、魔法使いがはあとため息をついて、


「……早くして」


「すまん、恩に着る!」


 それを聞いた瞬間、俺は来た道をダッシュで戻り、廊下の突き当たりにあったトイレに駆け込んだ。

 



***




 ふう。

 

 しばらくの格闘の後、俺は備え付けのトイレットペーパーでケツを拭いた。


 まさかこんなところで腹を壊すとは。

 だいたい、昨日食べたものが良くなかったのだ。

 決戦前夜だからと言って普段よりちょっとおかずを豪華にしたのがいけなかった。

 長旅の粗食に慣れた腹を驚かせてしまったに違いない。

 

 しかしそれでもなんとか事なきを得た。

 それにしてもさすがは魔王城。

 トイレ完備だし、かなり綺麗だ。

 なかなか気が利いている。

 魔王の奴め。


(…………魔王、か…………)


 俺は便器に腰を下ろしたまま、剣をスラリと抜き放つ。

 白い刀身が光を放っている。

 聖剣――選ばれし勇者にしか扱うことのできない破邪の刃。

 ここまでの道のりで、仲間達と同じくらい、もしかしたらそれ以上に頼ってきた俺の相棒。

 

 そしてその旅も、もうすぐ終わる。

 

(――さあ、魔王を倒しに行くとするか)


 俺は立ち上がる。


「あっ」

 

 その拍子に手を滑らせ持っていた剣が便槽に落ちた。


「相棒ーーーーーーーー!!?????!!!!」


 えっ、ちょっ、マジ!?

 嘘だろ!?

 

 しかし下を見ると、聖剣はじつにその刀身の半分ほどを茶色い山の中に沈めている。

 一瞬頭が真っ白になったが、俺はすぐにやるべきことをやった。

 すなわち、聖剣救出である。

 柄がある方を上にして落ちたのは不幸中の幸いと言えるだろう。

 俺は便器に手を突っ込んでなんとか聖剣の柄を掴み、引っ張り上げることに成功した。


 ふう、やれやれ。

 あとは刀身をトイレットペーパーで拭けば一件落着である。

 ばっちいが、剣としては問題あるまい。

 

 そう思ったのだが、


「……オーラが消えてる!?」


 そう。

 聖剣を聖剣たらしめる光のオーラ。

 それが剣の上半分だけ綺麗に消えていた。


 つまり、攻撃力半減ということになる。


「おいおいおいおいこれから最終決戦だぞ!?」


 やばい、やばいぞ。

  

 だがこのピンチで、俺の脳裏にふと蘇るのは、この聖剣をもらった女神の神殿での記憶である。

 ひげ面の司祭は言った。


(もし聖剣の力が失われたら、鞘にそれを収めるがよろしい。

 さすれば力は再び蘇ることでしょう)


 ……さ、鞘!

 鞘ね! よし!


 俺は慌てて鞘を取り出し、聖剣をそこに納める。

 

 う、うむ……!

 これでどうだ?

 

 そう思い、祈りを籠めて手を触れていると、勇者にしか感じ取ることの出来ない聖なる力が刀身に集まっているのが分かる。

 

 よかった。

 たぶん、しばらく待てば元通りになるのだろうが……。


(……しばらくって、どのくらいなんだ!?)

 

 最終決戦は、もう目の前なのだった。



 

***



  

 俺が扉の前まで帰ってくると、魔法使いが、


「……長かったわね」 

 

 などと言った。

 思ったより早く聖剣が直るのを期待してちょっとトイレの中に籠もっていたのだが、さすがにそううまくはいかず、これ以上引き延ばすとあだ名がクソ勇者になってしまうと思い出てきたのである。


「勇者様も緊張なさっているのですね。仕方の無いことだと思います」


「長かった俺たちの旅も、いよいよゴールまであと一歩ってところだからなあ……」

 

 僧侶が戦士がフォローしてくれる。

 ありがたいが、トイレで聖剣を落としてオーラが消えましたなどとアホらしいことを言える空気じゃ無い。

 普通に士気に関わるだろ。

 あと戦士のセリフはさっきも聞いたぞそれ。


「……ま、いいわ。

 揃ったのなら、そろそろ行くわよ。

 私たちは少しでも早く、人類の平和を勝ち取らないといけないんだから」


 魔法使いが扉に手をかける。

 や、やばい、もう時間が無い!

 

「あ、あのー!」


 俺は手を挙げた。みんなの注目が集まる。


「何?」


「…………み、みんなは、トイレとか大丈夫?」


 俺が言うと、三人は顔を見合わせて、


「……私は特に、大丈夫ですが」


「セクハラ?」


「出すもんはもう朝に出してきたぜぇ!」


 ぐっ、時間が稼げない!


「……いやでも、ここのトイレめちゃくちゃ綺麗だったぜ!

 一見の価値あり!

 主のセンスを感じられるぞ!」


「……その主をこれから倒しに行くのだけれど」


 魔法使いがごもっともなことを言う。

 

「……えーと、えーと」


 俺がまごまごしていると、


「……勇者様」


 僧侶が、俺の手をふわりと包み込んだ。

 やわらかい。あったかい。

 

「恐ろしいのですか……? 勇者様も」


「あ、いや、そんな」

  

「ごまかさなくてもいいのです。

 勇者様も人の子ですから、そう思うのも当然です。

 けれど勇者様は、いつも人々から恐怖を取り払ってくれた。

 私もそうです、ずっと怖かった。

 でも、聖剣を手に悪を討ち滅ぼすその背中を見て希望を感じ、だから皆があなたについてここまでやってきたのです」


 その聖剣が今手に取れねえ状態なんだよ!

 ……などとはとても言えない。


「だから今度は、私たちがあなたの恐怖を消す番です。

 私たちを信じてください。そして、共に魔王を倒しましょう」


「そうよ。あんたに足りない部分は、あたしがフォローしてあげる」


「戦士ってのは盾役だぜ?

 お前は俺の背中を見ながら、後ろの女二人に希望の背中を見せてやんな!」


 うわあああ、これもう何も言えねえよ!

 この空気壊せねえよ!


 


***




「……よく来たな……勇者と、その仲間達よ」


 魔王の間は、一人の部屋としては考えられないほど広々とした空間だった。

 しかしその主を見れば、その広さも納得である。

 人より遥かに大きな威容が、闇そのもののような衣を纏って玉座に座っている。 


 ―――魔王。

 魔の王という名前は伊達ではない。

 圧倒的な禍々しさと瘴気の源泉が、そこにいた。


「余を滅ぼさんとしてここまで来たこと。

 まずはことほぐとしよう」


「あなたに褒められても、嬉しくないわね」


 魔法使いがそう言って魔王を睨むと、魔王は巨体を震わせて笑う。


「本心だ。

 余の用意した幾つもの障害を、お前たちは見事に突破してみせた……それも、驚嘆に値する速さでな」


「あの程度、障害でもなんでもないぜ!」


 戦士が胸を張ると、魔王が、


「ククク。そう言うか。

 しかし愚かな他の人間たちには、成し得ないことであっただろう。

 それが出来たのは、お前たちが強いから。特別だからだ。違うか?」


 それに応えるのは僧侶だ。


「いえ。

 私たちは皆、弱い一人の人間です。

 それがここまでやってきて、あなたの前に立っているのは、勇者様がいつも私たちを導いてくださったからです」


「それは裏を返せば、全て勇者頼り、ということではないのか?」


「違います!

 勇者様は言うなれば指針。

 夜空に輝く星のように、私達に進むべき方向を示してくれる。

 けれど進むのは、あくまで私達一人一人なのです」


「……だが、その勇者様はさっきからずっと下を向いて黙っているようだが?」


「勇者様……?」


「……あっ、えっ、俺?」


 やっべ。

 どうやったら聖剣のことごまかせるか考えてて全然聞いてなかった。

 みんな変な目で見てるよう。


 ……し、しかし考えたおかげでとりあえず方針は決まった。

 どうも魔王は即こっちを殺しに来るわけではないらしい。

 ならばできるだけ会話を引き伸ばすのだ。

 それしかない。


 俺は手を挙げて、


「……あー、魔王。

 えー、前から聞きたかったんだけど。

 お前、なんで人類を滅ぼそうとしてるわけ?」


「ふん、決まっておる……。

 人が愚かな存在だからだ。

 弱く、群れなくては何も出来ないくせに、集まれば内部で足の引っ張り合いを起こす……。

 馬鹿馬鹿しい生き物である、と余は断じた」


「うーん……たしかに!

 一理あるな!」


 俺はとりあえず同意した。すると仲間が、 


「勇者様!?」


「おい、どうした!?」


 いやまあ当然の反応だとは思うけどさあ。

 仕方ないだろ、否定したら即開戦ムードになっちゃうかもしれないんだから!


「ほう」


 魔王が興味深げにこちらを見る。


「よもや勇者に賛同されるとはな……。

 やはりお前も人智を超えた力を持つ者。

 弱き愚かな者どもに思うところはあるか」


「お?

 ……おー、思う思う!

 いつも頼られて大変!

 自力でなんとかしろって感じ!」


「勇者様!

 何をおっしゃるのですか!」


 僧侶が抗議の目線を向けてくる。

 いやすまん、俺も本心でこんなこと言ってない。

 なにしろそういう人たちがいないと勇者とか一瞬で無職の役立たずだし。

 むしろ存在意義を左右する重要な存在だろ、弱い人たち。


 が、魔王は顎に手を当て考え込むようなポーズをとると、

 

「ふむ……勇者よ。

 余とお前には通じるものがあるようだ。

 どうだ?

 世界の半分をお前にやろう。

 余の仲間とならぬか?」


 うわ、なんか気に入られた?

 気に入られちゃったの? あんなんで?


 ……ど、どうしよう。

 こんなやつの仲間になるなんてあり得ないけど、とりあえず申し出を受けておいたほうが話を引き伸ばせるか……?


「勇者様……」


「勇者……」


「勇者よお……」


 ううっ、仲間達が不安そうに俺を見ている!

 こりゃ嘘でも話に乗っちゃダメだ!

 一瞬で信頼を失う!


「……魔王」


 俺は考えた後、静かに口を開く。


「うむ」


「逆に……俺が世界の半分をお前にやるってのはどうだ……?」


「……………………」

 

「逆にね、逆に」


「……お前は何を言っているのだ?」


 本気で困惑した声が返ってきた。

 そりゃそうだ。

 言ってる俺も何言ってるか分かんなかったもん。

 会話になってねえし。


「勇者様……もしや人類に反乱を……」


 僧侶がすごい目で俺を見ている!

 まずい!


「いや、今のナシ!

 別の話しよう!

 そ、そうだ魔王、あの町で水の四天王を起用したのは名采配だったな!

 下水攻撃でなかなか苦しめられた!

 他にも……」


「もうよい。

 余は質問にきちんと答えない者が大嫌いなのだ……。

 組織の障害でしかない」


 上司かよ。

 社会人みたいなことを言い出した魔王が立ち上がる。

 その途端、全身から発せられる瘴気の圧が一気に膨れ上がった。


「始めよう。

 かかってくるがよい、勇者ども」





***




「防護魔法! 敏捷魔法! 援護と回復は任せてください!」


「うおおおおおおッ!

 敵の攻撃は俺が受け止めるぜぇッ!」


「我が魂の深淵にて煌めく魔力の奔流よ……今炎となりて敵を撃て!

 フラム=バレット!」


(くそっ、開戦しちまった!)

 

 戦おうにもまだ聖剣が復活していない。

 どうする!? どうする!?

 

(そ、そうだ!)


 勇者というのはオールマイティな存在だ。

 ここは他の方法で戦うとしよう!


「五感強化! 精密性強化!

 みんな、弱点を冷静に見極めて的確に狙うんだ!」


「勇者様、それ私がやりますから!

 攻撃の方をお願いします!」


 あ、そっすか……。

 仕方ない、攻撃に回るとしよう。


「女神に賜りし聖なる光よ!

 二条の煌めきとなりて敵を貫け!

 デュアル=ライトニング!」


「ちょっと、まぶしい!

 まぶしくて魔王が見えない!

 攻撃魔法はあたしがやるから、あんたはそれを剣に籠めて攻撃しなさいよ!」


 あっ、これもだめ?

 そっかあ……。

 俺がうなだれていると、


「何を遊んでいる……」


 魔王の黒い大腕が持ち上がり、圧倒的な破壊の意思を持って俺たちに振り下ろされる。


「させるかっ!」


 戦士が前に出たので、俺も前に出て盾を構え、


「俺も守護まもるぜ!

 うおおおおおおおおおおおっ!!」


「いやお前は俺が抑えた後に攻撃するのが仕事だろ。

 何やってんだ?」


「ごめんなさい」


 真顔で言われて俺はすごすごと引き下がる。

 し、仕方ない。

 ちゃんと攻撃しよう!

 俺は戦士が魔王の猛攻を防いでいるうちに高く跳躍し、


「魔王! 覚悟!」


 その身体に鞘に入ったままの聖剣を叩き付けた。

 

「おりゃおりゃおりゃおりゃ!」


 ぺしぺしぺしぺし。


「……………………」


「おりゃおりゃおりゃおりゃ!」


 ぺしぺしぺしぺし。


「貴様……余を馬鹿にしているのか?」


 魔王の手が振るわれて、俺はぷんっと弾き飛ばされた。


「勇者様!」


 すかさず僧侶による回復が入るが、ものすごい衝撃だった。

 アバラの二、三本は持ってかれたか……。


「ちょっとあんた、何やってんのよ!」


 倒れ伏す俺に魔法使いの声が飛ぶ。


「どうして聖剣を抜かないのよ!」


「こ、こんなやつ……聖剣なしでも余裕さ……ブハッ」

 

「ガクガクに震えて血吐きながら何言ってんのよ?」


 と、その時。

 

「なめられたものだな、勇者よ。

 ……どうやら、余の買いかぶりであったようだ……」

 

 魔王の手のひらに、圧倒的な魔力が収束した。

 魔力は凝縮し、破壊の意思を凝縮させた黒い球体となる。

 

「消し飛べ……」


 それが、俺に向けて発射された。


「…………!!」

  

 閃光。

 爆音。

 そして崩壊。

 辺りにもうもうと土煙が舞い上がり、やがてそれが晴れていく。

 すると、そこに立っていたのは。


「……へっ、言ったろ。

 敵の攻撃は、俺が受け止めるってよ……」


 鎧を吹き飛ばされ、全身から血を噴き出す戦士の姿だった。


「せ……戦士!」


「僧侶っ! 回復!」


「は、はいっ!!」


 倒れ伏す戦士に僧侶がすかさず回復魔法をかける。

 しかし、土気色になったその顔は昏く落ち窪んだまま、戻らない。


「まずは一匹、といったところか……」


 魔王がそう言って、手首を翻す。

 そしてまた、魔力の収束が始まった。

 

(……まずい!)


 再び、あの攻撃が来る。

 その手が狙いを定めたのは――魔法使い。


「次はお前だ……」


 魔法使いには、あの攻撃を耐えるすべはない。

 僧侶は戦士の回復で動けない。

 俺だ。

 俺が――何とかしなくては。


(聖剣…………!)


 頼む、聖剣。

 もう、十分休んだだろう。

 今だ。

 今こそ、お前の力を貸してくれ!

 


 ――そんな俺の願いが、天に通じたのか。



「なにっ!?」

 

 俺の持つ鞘から光があふれ出し、魔王が目を細めた。

 その瞬間に発射された魔力の球体が、魔法使いに迫る。


 俺はその間に割り入って、刀身を抜き放った。


(――斬った)


 そう思った瞬間、魔力の球体が両断され、左右に分かれてはじけ飛ぶ。


 背後で轟音がしたが、俺は振り返らない。

 ただ、抜き放った聖剣の切っ先を魔王に向けて言う。


「本番はここからだぜ、魔王」




***




 はああああああああ! よかった!

 

 えらい目に遭ったぜ、ほんと。

 しかし聖剣に力が戻ったとなれば、大丈夫だ。

 俺は人類の命運を背負って戦う、光の勇者。

 さあ、行くぞ――――




ゴロゴロゴロ…………




 ――――い、今の音は……俺の腹から聞こえたような……?




ピー……ゴロゴロゴロ…………




 ……や、やばい!

 やばいやばいやばい!

 来た! 第二波が来やがった!

 ちくしょう、腹のやつ!

 俺が安心したのをいいことに最悪のタイミングで反旗を翻しやがった!


「勇者あああああああああっ!!」


 魔王が俺に指を向け、魔力の弾丸を次々と発射する。

 俺はそれを避ける! 防ぐ! 弾き飛ばす!


(おっ!! おっ、おっ、おっ、おふっ!!!!)


 う、動くたびに『中身』が!

 下の方に向かっていく!


「勇者様!」


 僧侶の声がして、何かと思えば俺に緑色の光がまとわりついていた。

 

「戦士さんの治療は終わりました!

 どうか、お願いします!

 魔王を倒して、世界に平和を!」


 こ、こ、こ、これ、敏捷魔法だ!

 やばい!

 

 魔王の攻撃がこちらに向かうが、爆発的加速で全部避ける。

 ただ速い! 速すぎて腹ン中の物体が驚異的な速さでシェイクされる!


「ぎょっ、ぎょほっ!

 ほほい!」


「小賢しいわあっ!」


 俺が奇声をあげつつそれでも必死で攻撃を避けていると、突然!

 魔王の両脇腹辺りから腕が生え、俺に襲いかかった。

 まずい、避けられるか!?


「灼熱の豪炎よ、収束し、拡散せよ!

 エクスプルーシヴ=ブレイズ!」


 と、俺の背後から放たれた白い光がその腕に命中し、すさまじい大音声と共にそれを崩壊させる。


「グオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」


 魔王の影がのたうつ。


(ぐぎゃああああああああああああっ!!!!)


 俺ものたうった。

 ば、爆発の振動が!

 ダイレクトに腹にっ!! 


「行って、勇者!」


 魔法使いの声が聞こえる。

 

 も、もう決壊する!

 その前にやるしかねえ!


「魔王ーーーーーーーーッ!!!!」


 俺はバランスを崩した魔王の腹に、深々と聖剣を突き立て、切り上げる。


「ガアアアアッ! 馬鹿な! この余が!」


 切り上げた勢いで魔王の頭の横に跳躍した俺は、

   

「魔王!

 二回目はちゃんと許可をとるぜ……!」


 天に向けて聖剣を掲げ、

 

「お前んちのトイレ、貸してくれーーーーッ!!」

 

 魔王の額に、深々とそれを突き刺した。



*** 

 


「ついに!

 ついに魔王は倒れ、世界は平和を取り戻した!」


 青空の下、高らかに声が響く。


「それをなしたのは、勇者とその仲間達!

 彼ら四人の偉業は、未来永劫歴史に刻まれることであろう!」

 

 王城前の広場。

 魔王を倒した英雄を一目見ようと民衆が詰めかけるその中心に、俺たちは立っていた。


 とうとう、やったのだ。


 あの後戦士もちゃんと蘇生し、無事に四人で故郷に帰ってくることができた。

 世界から魔物が消滅し、人々が襲われることは無くなった。

 

 ……気になることがあるとすれば、魔王が残した最期の言葉か。


『お前達は女神に操られている』

『勇者など天の用意した悍ましいシステムの一部に過ぎんのだぞ……』


 などと言って、いかにも詳細を聞いて欲しそうにゆっくり消えていこうとするので、つい切り刻んで霧にしてしまった。

 なにしろもう少しでも動いたら漏れそう、という状態だったので、そんな話を聞いてる余裕がなかったのである。

 

 ……まあ、今となっては後の祭り、というやつだな。

 俺にとってはそんなことより、二艘目の救命ボートを無事にたどり着かせることの方が大事だったわけだし。

 

 ちなみに、一応それはなんとかなった。

 

 魔王、ありがとうと俺はさっき斃した相手に感謝しながらトイレで一人ケツを拭いたのだった……。


「……では次に魔法使い殿!

 そなたはその類い希なる叡智で仲間を助け、大いに戦いに貢献した!

 それを讃え、褒美を与える!」


 セレモニーが続いている。

 大臣の声に従って、魔法使いが前に出て、王の前にひざまづく。


「ありがたく、頂戴いたします……」


 そして宝物を受け取ると、周りの民衆から割れんばかりの拍手が生まれた。

 いいな、こうやってみんなに感謝されるの。

 今まで頑張ってきた甲斐があった。

 

 さて、魔法使いが戻ってきたら次が俺か。

 そろそろ気を引き締めてはあぁぁぁあぁぁぁあああぅッッッッッ!!!!




ゴロゴロゴロ…………

  



(……う、嘘だろ?

 まさか、こんなところで……!?)




ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ…………!!




 う、うおおっ! うひょひょひょひょ!

 ま、魔王城を上回るっ!

 過去最大級のがキタッ!!!! 

 俺の腹ぁ!

 お前も俺の一部だろうがっ!!

 なのになぜ! この俺に逆らう!?


「では次に勇者殿!」


 わああああああああああああ! と民衆から歓声があがる。

 そして大拍手。

 それが空気を揺らす。俺の立っている地面を揺らす。

 やめっ、やめなさい! やめてえええええ!

 もう結構! 静かにしやがれってんだ、ちくしょおー!! 


「うふむっ……はふふっ……」

   

 俺がのろのろと歩み出ると、大臣が声を張り上げた。 


「女神に選ばれ、光を以て闇を払った勇者殿の働きは計り知れぬ!

 よって勇者殿には、望む褒美を如何様にも与えることとなった!

 勇者殿!

 どうぞ何でもおっしゃってください!

 我が国に出来ること、いかなるお望みでも叶えさせていただきましょうぞ!」


 そして、俺は王の前に歩を進める。

 

 ……ああああああああああクソがクソがクソが!

 この晴れ舞台に!

 なんでこんなクソなことに!!


「…………トイレ」


「……うむ?」




「トイレ、行かせてくだしゃあああああああああい!!!!」



 

完!

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クソ勇者 雨後野 たけのこ @capral

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