第2話 君にまた会いたい
「異世界、いいね」
そう呟いた瞬間、ぱぁっと光に包まれた。いや、普通は包まれんやん。なんなん。
普通に死んだ目が一気に覚醒する。
が、次の瞬間にはもう光は消えて、その代わりに――
「わぁ……見渡す限りの草原……」
――心地よい風が吹く、一面の草っぱらに立っていました。
「うん。うん、……うーん?」
なんで? え? いいねしたから? ハート押しちゃったから?
空を見上げれば、黒と灰色だったはずなのに、鮮やかな青に白い雲が浮かんでいる。うん、これは気持ちのいい休日の朝の色。
ぽかんとしていると、そこにワフワフワフッと聞いたことがあるような息遣いが聞こえてきて……。
「ワン!」
響いたのは、大好きだったあの声。
旅行に行くときに、どうしても連れていけなくてペットホテルに預けたあと、三日ぶりに会った私を見て、思わず、と言ったようにあげた声。
「え……?」
いつもは「ワン!」なんていう犬っぽい声は出さない。
だいたい「ワウァウアぅア?」みたいに口をもごもごさせて文句を言うか、「クゥクゥキューン」って鼻を鳴らして構って構ってと、上目遣いで見つめてくるか。
なのに、久しぶりに会ったあのとき、思わず普通の犬みたいに「ワンッ!」ってはっきり私に向かって言ってくれたよね。
あまりにも必死だったせいか、思わずそうなっちゃったんだなってわかる声。それを聞いて、ごめんけど笑ってしまったあの日。夕日がオレンジ色で、この空とは違う色だったけどきれいだったよね。
「……っ、かなえ丸っ?」
その声が聞こえた方角は私の背後。
急いでそちらに振り返る。まさか、とか。そんなわけない、とか。否定が頭の中でたくさんたくさん過ぎっていった。
だって……もう、その声は聞けるはずがないから。
大好きだった犬、私命名「かなえ丸」は十五歳で寿命を迎えて死んでしまったんだから。
もう会えるはずのない名前を口に出せば、胸がぎゅうと痛んだ。
でも、私の目にはその痛みが消え去っていく姿が映っていて――
「かなえ丸っ!」
――銀色と白色の毛皮。三角の大き目な立ち耳と青い目。太めの四肢はもふもふでしっかりと地面を蹴っていた。
「……っ!かなえ丸っ!!」
信じられない。でも、あれは死んでしまった愛犬だ。
草原の向こう。森のあたりにいるようで、ここからは遠い。遠近感がバグっているのかなぜか映えている木より大きく見えるが、突然別の場所にワープしたとしか思えない挙動をしている私のバグに比べれば、気にすることはないだろ。
だって、あれはかなえ丸なんだから。細かいことはどうでもいい!
私が力の限りで呼んだ声はちゃんとかなえ丸に届いたようで、もふもふの毛皮のかっこいい犬が私のもとへと一直線に走ってくる。
喜びすぎて、口から舌が出た上で、正面からの風を受けた顔はかなりの変顔だが、それがまたかなえ丸らしくて、胸が踊る。
こうやってドッグランとかでノーリードで遊んだとき、それを写真で撮ったらよくこんな顔を激写してしまったものだ。かわいい写真が欲しかったのに、やばい顔の写真が撮れて、毎回笑ったのも懐かしい。
それが今、写真じゃなくて、目の前にいる。生きてる!
「こっちだよ……っ!」
かなえ丸はぐんぐんこちらへと迫ってくる。一蹴り一蹴りが力強くて、かっこいい姿を見ると、なぜか目が熱くなった。
最期のとき。もう立てなくて力のないかなえ丸はもういない。ここでは元気いっぱいだった若いころのように、こうやって草原を駆け抜けている。
それがうれしくて……熱くなった目から、雫が落ちそうになって、慌てて手で拭った。でも、それは止められなくて……。
……いや?
ん?
まてまてまて。
「……かなえ丸、でかくね?」
え? 涙止まったわ。スッて引っ込んだわ。なんこれ。なにこのサイズ。まじでバグってる。
「か、かなえ丸! 待て! ちょ、止まって、ストップ!!」
ぐんぐん迫ってきたかなえ丸は、私の記憶通りのシベリアンハスキー。同じような毛色の別の犬ということもなく、間違いなく私を認識し、「かなえ丸」という名前を認識してこちらに向かっているのがわかる。
だから、私はこのシベリアンハスキーを死んでしまった愛犬だと信じているわけだが、でもなーでもね? こんなに大きくはなかったんだよね。いや、シベリアンハスキーは大きい。全速力で走って突っ込まれたら、もとからちょっと大変だったし、まじで事故になる。が。が、である。今はもう事故というか、災害?
「無理! 無理だよ、かなえ丸! その大きさ、そのスピードで飛びこまれたら、私は死ぬからね!」
ここがどこかは知らないけれど! もしかしたら死んだかなえ丸がいるってことは冥土である可能性はあるんだけれど、それはそれとして、死は怖い!
私の本気のビビり方になにかを感じたらしく、かなえ丸がスピードを落とす。それによって、しっかりとかなえ丸を確認することができた。
「なんでかなえ丸、田舎の一戸建てサイズになったん……?」
こちらに変顔で走ってくる犬。近付いて来れば近付いてくるほど、そのサイズ感の異様さがわかった。これは犬ではなく象。いや象よりもでかい。マッコウクジラ。ワンチャン、それよりでかい。
「キューン、クゥンクゥン」
そして、その巨大な犬は、私のもとへと走り寄ると、とってもかわいく鼻を鳴らした。
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