第19話
柚香に会えなくなって7ヶ月が経とうとしていた。僕はやっと通院以外にも外出ができるようになっていた。でも出かけた先で、気持ち悪くなってしまう。無理は禁物だ。少しずつ、少しずつ、慣らしていくために、できそうなことは色々挑戦した。挑戦して、やっぱりこれはまだ早いとか、これはもうできるとか、分かっていって、喜んだり、落ち込んだりした。そして、やっと柚香にまた会えるかもと思えるようになった。気持ち悪くなるのは、まだ治っていないが、なんとか我慢できると思えた。
会えなくなって8ヶ月目、タイミングよく柚香は久しぶりに個撮をするとSNSで告げていた。僕はこれしかないと思い、予約の開始時間と同時に、予約した。個撮の後にオフ会もするそうだが、そこまでの元気はまだないと思い泣く泣く見送った。開始と同時に予約したおかげか、個撮の1部を無事取ることができた。僕は不安も正直あったが、その日が来るのが、楽しみで仕方なかった。
個撮当日、まず電車の中で気持ち悪くなりませんようにと、祈って乗った。祈りが通じたのか、電車の中では気持ち悪くならなかった。今日の撮影場所は、都内の動物園周辺だ。柚香と8ヶ月ぶりに会えるのを楽しみに、待ち合わせ場所で待った。でも時間ギリギリになっても柚香は姿を見せなかった。何かあったのかと心配になる。すると、予約のメールアドレスに『迷っているから、もうちょっと待って』と柚香から通知があり、迷っているだけなら良かったと、安堵した。まもなく柚香は僕の目の前に姿を見せた。「ごめーん」と申し訳無さそうに、僕の前まで歩み寄ってきたので、僕は時計を見てみた。時間は丁度待ち合わせ時間で「丁度時間だから、大丈夫」と僕は微笑んでみせた。
歩きながら「動物園行く?」と僕は聞いた。でもちょっと下見をしたが、長蛇の列が出来ていて、下手したら並んでいるだけで、撮影時間が過ぎてしまうかもしれない。柚香も下見をしていて迷ったらしく、同意見だった。動物園の手前に公園もあるので、そこで写真を撮った。そして下見でも見ていたが、動物園前にイベントなのか、沢山の屋台が出ていたので「なにか食べる?」と柚香に聞いた。すると柚香は下見でどら焼きを発見していたらしく「どら焼き食べたい」と笑って言った。どら焼きを美味しそうに食べる柚香が可愛くて食べているところを写真に取らせてもらった。写真を確認してもらい「いい笑顔」と柚香は上機嫌だ。その後はなぜか石像を見つけるたびに、石像と同じポーズを柚香がして記念写真さながらの写真を撮った。どの柚香も本当に楽しそうだった。撮影会はあっという間に、終わりの時間が近づき、次の参加者が待っている、駅前の集合場所に柚香と一緒に歩いた。歩いている途中、僕は名残惜しくて「まだ、オフ会空いている?」と聞いた。すると「まだ空いているよ」と柚香は言ってくれた。僕は「体調大丈夫だったら、参加していい?」と聞くと「無理しないでね。待っている。でもダメそうだったら予約のメールアドレスに連絡して」と柚香は言った。そして僕は駅手前で、柚香と別れた。
オフ会まではまだ結構、時間がある。僕は動物園に本当は行きたかったが、それで気持ち悪くなったら、オフ会に参加できないと思い、柚香の好きなファストフードで時間を潰すことにした。
なんとか僕はオフ会まで気持ち悪くならないですんだ。時間になるので、再び待ち合わせ場所に向かう。待ち合わせ場所に着くのは僕が最後らしかった。もう他のファンは柚香と楽しそうに話している。「遅くなってごめん」と僕はその輪に入っていく。「待っていたよ。大丈夫そうで良かった」と柚香は言ってくれた。オフ会は皆で、夕食を取る予定らしい。飲食店を探しに皆で、街に歩みを進めた。色々な飲食店が、並んでいる。僕は「あっちの方に柚香の好きなファストフードもあったよ」と言うと、柚香は「久しぶりの東京なんだよ。もっといいもの食べさせてよ」と笑った。お店は参加のファンの1人の人が行きつけのお店に入ることになった。人数が多いので、まとまった席が取れるまで、店前で、ワイワイ話しながら待った。僕は待ち時間が長かったので、ちょっと疲れてきていたが、まもなく店内に案内してもらえホッと一息ついた。飲み物を注文して皆で乾杯した。乾杯を写真に撮ろうということになり、各々、携帯を取り出す。柚香ももちろん携帯をグラスに向けた。そのとき、僕は柚香の携帯にもうかなり経つのに前に買ったキーホルダーが付いていることに気づいた。僕はそれが嬉しくて仕方なかった。『ありがとう』と心の中で柚香に言う。料理は以前、居酒屋でオフ会をしたときのように、皆でシェアした。いつも通り柚香は皆に料理を取り分けてくれる。話は柚香との1番の思い出はという話題になった。「春人くんは?」と柚香が聞くので、僕は「一番の思い出は、柚香を泣かせてしまったことだよ。申し訳なかったけど、自分のために泣いてくれる人なんて初めてだったから、嬉しかった」と言った。柚香は「生誕祭のときだよね? 覚えてるよ。そんな風に思っていたんだね……」となにか感慨深そうだった。オフ会は思った通りあっという間に終わった。最後、駅で別れるときに、柚香と改札が一緒だったので、僕だけハイタッチできた。皆には申し訳ない。僕はその手のぬくもりを感じながら、帰路についた。
家に着くと僕は、珍しくグッスリ眠った。夢の中で柚香が僕の隣で笑っていた。今日はなんとか乗り越えることができた。僕は1つ自信になっていた。この調子でどんどん良くなっていけるだろう。少しずつでいいから、一歩、一歩、前に歩みを進めたい。もう止まってはいられない。後戻りもできない。僕は前だけを見る。玲也と柚香がいれば大丈夫だ。そう強く自分に言い聞かせた。
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