第18話

 柚香はファンミーティングで普段話さないことを、色々話していた。柚香がそんなことを考えていたのだと、びっくりするようなことばかりだった。柚香は色々溜め込んでいたのかもしれない。アイドルを辞めて、やっと本当の自分が出せるようになったと言った。そして、解散の真相を柚香は語りだした――。


 解散の理由は、柚香がもう何もかも嫌になっていたことが理由らしかった。マネージャーとも会いたくない。メンバーとも会いたくない。ファンの皆とも会いたくない。僕はそれを聞いて絶句した。一部のファンは以前のオフ会で聞いていて知っていたらしい。でも僕は全く知らなかった。「春人くんは知らなかったよね」と柚香は淡々と言う。そんなに追い詰められていたのに、僕はなんで気付けなかったのだと、自分を責めた。そして、それなのに活動を再開してくれて、本当にありがとうと思った。こんな告白を聞くとは思っていなかった。僕は柚香に何も言ってあげることができないまま、ファンミーティングは終わりを告げた。


 何ヶ月か柚香は撮影会メインの活動を続けていた。他には同じスタジオでユーチューブの配信番組を持ち、トーク番組のMCを務めていた。僕は限られた柚香に会える時間を全て共に過ごした。そして柚香はもう一つ、大きな決断をする。家庭の事情で、実家の京都に帰るらしかった。戻ってこられるかは未定らしい。でも幸いなことに、月に1回、遠征して撮影会と同じ日に配信番組の公開生放送をするらしい。会える日はとうとう月に1回になってしまったが、全く会えなくなってしまうより、マシだと思うしかなかった。

 僕はそれからほぼ丸1日、月に1回柚香と過ごすようになった。でも今思うと、それは無理をしていたのかもしれない。ずっと一緒に居られて嬉しかったが、その分帰ると、どっと疲れが出た。でも興奮しているのか、その日の夜はいつも殆ど寝られなかった。


 今度、柚香は元相方とフォトブックを出すらしい。ネット販売で色々プランが有り、僕は一緒に手紙ももらえるプランを選び、予約した。予約してから、一ヶ月ほど経ち、商品が家に届いた。僕はフォトブックも楽しみだったが、手紙も楽しみだった。柚香から手紙をもらえることはめったにない。舞台のお礼にメッセージカードを貰えることはよくあったが、内容はわずかだ。手紙という長文をもらえることが、とても嬉しい。僕は一通り、フォトブックを見てから、手紙を恐る恐る開いた。


『ずっと思っていたけど春人くんも、もっと自信を持ってほしい。似た者同士ということで、頑張ろうぜ! 私は春人くんのこと大切な存在と思っているよ……』


 色々書いてくれていたが、僕はその文が1番心に刺さった。とても、とても大切な手紙となった。僕はこの後、何度もこの手紙を見て励まされる。見る度に僕は頑張ろうと思えた。


 撮影会と配信番組のイベントは毎月続いていた。僕は今も通っている。だが年も明けて、イベントが終わって家に帰ると、次の日の仕事がしんどくて仕方なくなってきていた。普段ならイベントの翌日は柚香から元気をもらって、鼻歌が自然と出るくらいルンルンなのに……。


 2月、僕は今月もなんとか柚香に会いに行けた。でももう限界だったのかもしれない。翌月から僕はとうとう会いに行けなくなった。会社はなんとか行っていた。でもそのうち、会社も調子が悪くなってしまい、早退する日が続いた。そしてある日、行けなくなった。僕はその日、心療内科に行った。診断は適応障害。その日からすぐに休職してくださいと、医師に言われ、引き継ぎがあるから、すぐには休めないと、反論したが、そんな場合じゃない。すぐに休んでくださいと言われ、僕は折れた。


 休んでから数日は気が張ったままなのか、そこまで、体調が悪化することはなかった。電話で引き継ぎのやり取りもできた。だが、ある程度落ち着くと、張り詰めていた糸が切れるように、僕は何もかもがしんどくなった。風呂に入るのが異様に疲れる。ご飯を食べるのも、すごく疲れる。起きていると嫌なことばかり考えてしまうので、ずっと寝ている日が続いた。怜也が心配をして、電話をかけてきてくれるのが、何よりもの救いだった。でも僕は、どん底の状態から中々抜け出せなかった。死にたいと思ってしまう日が何度もあった。柚香は公式LINEをしていたので、僕は我慢できなくて、助けの叫びを送っていた。でも柚香は何もしてあげることができないとSNSでつぶやいた。僕は絶望し、公式LINEに頼ってごめんと送った。柚香はそれを見て、そういう意味じゃないと思ってくれたのか、公式LINEで皆に向けてのメッセージで、『体調崩している方もいるかもだけど、ゆっくり休んでね』と送信してくれた。僕は求めすぎてしまったかもしれないと、反省しつつ、その言葉が、心にしみた。どん底はいつまでも続いた。僕はもう戻らないかもと、弱気になっていた。いつまでも、いつまでも辛い日が繰り返していた。抜け出せない迷路に迷い込んでしまったのかのように僕は同じ道を何度も辿っていた――。

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