縄アート
「……酷い目にあった」
リリが煽る度に、アリアのナイフは増え続け、いつしか処理が追いつかないようになり、俺は全身ナイフまみれになった。
肉体的にも、精神的にも疲れた俺は、アリアの回復魔法を受けながら、ソファで横になっていた。
その姿を見たアリアは、ソファに座って膝をぽんぽんと叩く。
「ほら、ケイト。私の膝を貸してあげるから、こっちに来なさい」
「……ああ」
俺は素直にアリアの膝に頭を預けると、髪を撫でられる。「ふふっ」という笑い声も聞こえてきて、なんだか気恥ずかしい。
「ねえ、ケイト」
「ん?」
「二人っきりね」
「そこで吊るされているリリは、いない者として扱う気か?」
俺は縄で必要以上にぐるぐる巻きにされ、吊るされているリリを指さす。
「お姉ちゃん……リリ、もう悪い子しないから許してぇ……」
「私の縄アートを人として数えるなんて、ケイトは変わっているわね」
「そんなぁ……」
涙目で懇願してくる縄アートは、アリアの目には置物として映っているようだ。
「ふふっ、ほら、あーん」
アリアは料理を手にして、俺の口に運んでくる。
「自分で食えるぞ……」
「良いじゃない別に」
俺は差し出されたスプーンを口に含むと、口の中に肉汁が広がる。
「美味いな」
「ふふっ、可愛い」
美少女の膝を枕にし、時折頭を撫でられながら、手料理を食べさせて貰う。
ちらちらと目に入る縄アートさえなければ最高のひとときだ。だが、力なく助けを求める縄アートがどうしても目に入って、素直に今を楽しめない。
「なあ、アリア。リリも反省してるだろうし、そろそろ……な?」
「人の男を取ろうとした泥棒猫に同情する必要なんてないわよ」
アリアの冷たい言葉に、俺は苦笑する。
「どうしてもって言うなら、そうね……キスしてくれたら、考えてあげようかしら」
そう言って、アリアはナイフを手にして目を瞑る。
わざわざナイフを手にしたのは、冗談だというアピールなのだろう。
だが俺は、そんなアピールは無視して、童貞の本気を見せる事にした。
「え……? えっと……」
頬に軽く口づけすると、アリアは動揺した様子で、ナイフを落とした。
「なんだ、しないとでも思ったか?」
俺がわざとらしく首を傾げると、アリアは顔を真っ赤にして、何かを言おうとして口をパクパクさせていた。
「ど、童貞のくせに……」
「ははっ、いつまでもやられっぱなしだと思うなよ!」
俺は高らかと勝利宣言して、胸を張る。
すると、冷めた目で見ていたリリが、言ってはならない事を口にした。
「頬にチュウぐらいで舞い上がるなんて、童貞と処女丸出しだよ。見てるこっちが恥ずかしくなっちゃう」
「……アリア、手を貸してくれ。縄アートはまだ完成していない」
「ええ、もちろんよ。私も肌色が見えすぎているとは思っていたの。これでは縄アートとは呼べないわ」
俺達は立ち上がり、リリへと近づく。
「ち、違うの! う、うぶな感じが素敵だなって思ったんだよ?」
「安心しろ。ちゃんと完成させてやるからな」
「待って!? 話せばわかるから!! ごめんなさい! 謝るから!!」
リリは必死に命乞いをするが、俺とアリアはそれを無視して、満面の笑みを浮かべながら縄を手にした。
☆
「酷い目にあったぁ……」
「自業自得でしょう?」
しばらくして解放され、俺の隣でぐったりとしていたリリに、アリアが冷たく言い放つ。
「あんなに童貞臭い姿を見せられたら、淫魔なら反応しちゃうもん……アリアはアリアできゅんきゅんしてるし」
「アリア、縄」
「ええ」
「待って!? わかったから、私が悪かったから!! もう言わないから、許してぇ!!」
リリは半泣きになりながら、後ずさる。その様子を見ていて、ふと思った。
「確かに童貞や処女ってのは、淫魔からしたら侮蔑の対象になるかもしれないな」
「そ、そんな事ないよぉ」
リリの引きつるような笑みは、口にした事と思っている事が真逆なのが丸わかりだった。
俺はその表情を見て、ニヤリと笑みを浮かべる。童貞を馬鹿にする淫魔の、プライドをズタズタにする時が来たようだ。
「お前、淫魔のくせに、リットに……童貞に負けてガン泣きしてたじゃん」
「はぁ? ち、違うもん! あれは、あいつが変態すぎて……」
「童貞に敗れた淫魔が童貞を馬鹿にする。なんて滑稽な姿なんだ……お前は童貞以下の淫魔だと言うのに……」
「童貞に敗れし淫魔。哀れね」
俺の言葉に乗っかるように、アリアも追撃を加える。
「ぐぬぅ……」
悔しそうにしているリリを見ていると、心が晴れていく。
「というかさ、淫魔は精気を食べると言うが、実体化しない限り触れない。つまりはほとんどの淫魔は処女で……おっと、これ以上はいけないな」
「ええ、処女が処女を経験者ぶって馬鹿にしてるなんて、これ以上に滑稽な姿はないわ」
「リリは処女じゃないもん!」
「そうだな……リットで卒業したんだった。泣きながら」
「そうね。童貞に敗れし淫魔は確かに処女ではないわ」
リリは顔を真っ赤にし、わなわなと震えながら立ち上がった。
「ばかぁぁぁああ!! 死ね! あんた達なんて嫌いだもん!!」
そう叫んだリリは、勢いよく家を飛び出していった。
「……言いすぎた」
「振り出しに戻ったわね」
早すぎる二度目の家出を前にして、俺達は顔を見合わせた。
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