神に愛された女
アリアは一、二時間なら夕飯を遅らせてもいいと言っていたが、急げばなんとか間に合いそうな時間だ。
どうせなら、いつもの時間に間に合わそうと考えた俺は、リリを連れて小走りで家に戻った。
「…………早いわよ」
俺達を出迎えてくれたのは、美味しそうな匂いと、アリアのエプロン姿。
鼻歌まじりに夕飯を作っていたアリアは俺達に気付くと、顔を赤くして目を逸らした。
「なんだ、最初から作るつもりだったのかよ……」
夕飯の品数から見て、ざっくりと逆算すると、俺が出て行ってすぐには調理を開始しないと間に合わない量だ。
「ケ、ケイトが遅いから仕方なく……」
「いやいや、今から作っても、いつもの夕飯の時間には間に合うぞ?」
顔を赤くして俯き、ぷるぷると震えているアリア。
「……しにな……」
「え?」
アリアは何事かを呟きながら、調理のために握っていた包丁を振り上げた。
「死になさい!」
俺を目掛けて真っ直ぐ飛んでくる包丁。
「な、なんでだ!?」
俺はそれを間一髪のところで避けたが、そのせいで後ろにいたリリの腹に突き刺さった。
「え、なんで? 痛い、痛いよぉ……」
「リリ!」
リリは虚な目をして、口から血を吐いている。
「もう、やだぁ……リリ、勇者辞める」
目を瞑ってそう呟くリリに、俺は何も言うことが出来なかった。
☆
すぐに包丁を抜いて、アリアの回復魔法で傷を治したのだが、リリの虚な目は変わらなかった。
「なぁ、リリ。その……なんだ、ああ……」
俺はリリに声を掛けようとしたが、上手く言葉を紡げなかった。
上げて、落として、救われて……裏切られて、腹を刺されたリリに、俺はなんと声を掛ければ良いのだろうか……。
「リリちゃん……」
リリの様子に心を痛めたのか、アリアが心配そうに近寄った。
「ひぃ!?」
アリアが近寄ってくる事に気付き、三角座りで頭を抱え込んだリリを見て、俺はアリアを手で制す。
「ごめんなさいごめんなさい。出来心だったんです。アリアに仕返ししたくて、ケイトを利用してやろうって。ケイトがリリに鼻の下を伸ばしているのを見たら、アリアは悔しがるだろうなって」
物凄く早口で言い訳するリリを見て、俺はため息をつく。
「おい、アリア。リリはパニックになっている。そのナイフを仕舞え」
バレてもいない罪を、自ら白状したのが良い証拠だ。
「やはり私は神に愛されているのね。罪を犯す前に罰して、それを懺悔させるなんて、聖女と呼ばれるだけあるわ」
アリアを聖女と呼ぶ人々が、アリアの本性を知ったら、どんな反応をするのだろうか。
俺は出来るだけ優しい表情を心がけて、リリの顔を覗き込む。
「リリ、その……あれだ。さっき言ってた、奴隷お兄ちゃんとやらになってやるから、元気だせよ」
リリが言う奴隷お兄ちゃんというのは、おそらく、妹に絶対服従の兄のような存在を指すのだと思う。
俺がそう言うと、ぽかんとした表情で俺を見つめてきたリリだが、その表情は段々と悪い笑顔へと変わっていく。
「……ほんと?」
「ああ」
「命懸けで守ってくれる?」
「お、おう」
何やら嫌な予感がするな……。
「じゃあ、抱っこ。お姫様抱っこね」
「え? ああ……」
そう言って、手を広げたリリを、俺は正面から持ち上げた。
「アリアの方向いて」
言われた通りにアリアが居る方に振り向くと、わなわなと震えている鬼がいた。
リリが大きく息を吸い込む。
そして、俺の首に手を回してから、アリアに向けて叫んだ。
「ざっまぁぁああっ! ねぇ、どんな気分? 思い人が他の女の奴隷になりたいって自ら言うのを近くで見てるのってどんな気分!? ねぇ、ねぇ!?」
「お、おい、やめろ!?」
「ちょっと弱ったところを見せただけで堕ちちゃうような男を堕とせないなんて、お姉ちゃんは女として魅力がないのかもしれないね」
「やめろぉぉおお!!??」
リリが煽るたびに飛んでくるナイフを必死に叩き落としていると、その様子を見たリリがニッコリと微笑む。
「流石、奴隷お兄ちゃん。これで私も安心して復讐できるね」
放り投げてやろうか、このクソガキ。
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