術者達からの挑戦

第七の怪異 魔王様VS祟り部屋

 本日、凛子達の家にやってきたのは大学生の男女。カップルらしいが、怯えている。お茶を出して凛子は「落ち着きますよ。どうぞ」と魔王様と空汰は空汰の部屋でオヤツを食べて待っていてもらう。

 ちなみに本日はドーナッツだ。


「どうして私だけこっちなのよ! 私も魔王様と一緒にいたいのだけど!」

「ごめんなさいメリーさん、まともに力があってまともに話ができるのがメリーさんだからつい……あはは」

「もう、一応凛子が使役主なんだかしっかりして頂戴。ところでこの二人、何かに祟られてるわよ」


 そう、凛子は霊力が極めて小さいので見える事はできてもそれが何か、どうすればいいかまでは分からない。そんな時、メリーさんは強い怪異である事からそれらを的確に説明してくれてどうすればいいかも教えてくれる。


「あの、お二人は何かよくない者に見初められているとこちら、私の式……じゃなくて友人の凄い力を持っているメリーさんが言っているんですけど、今回のご相談はそれに伴う事ですか?」

「実は……」


 男性の方が恐る恐る話し出した。彼らは大学生のオカルトサークルに入っているらしく、廃墟探索等も行っていたという。そんなある日、巷で有名な呪いの家と呼ばれた廃墟にサークルメンバー6人で入ったらしい。最初は撮影をしたり、学生特有の盛り上がりを見せていたが、霊感の強い女子がこれ以上進まない方がいいと叫んだらしい。ただ、彼女の事をみんな自称霊感女子だと思ってそのままの盛り上がりで先に進んだところ、何もない広い部屋に到着した。その白い部屋の一部に木を打ち付けた跡があり、そこはどうやら元々扉だったらしい。中に入ってみようとその木を一枚ずつ剥がし、中を覗いたらそこには小さな部屋。一面、びっしりと赤いインクで“おかあさんだしてごめんなさい”と書かれてあったという。驚いて逃げ出したサークルメンバーだったが、先に進むなといった女子が見当たらない。彼女を探しに再び廃墟に入った二人も戻ってこなかった。恐ろしくなったここにいる二人ともう一人は1時間待って戻らなければ一旦帰る事にして、そのまま……


「最低な人間ね」


 メリーさんにそう言われ、俯く二人に凛子は「まぁまぁ、でも三人で帰られたのにもう一人は?」

「もう一人は……聡は、捕まりました」

「えっ?」


 大学に通う為の電車のホームで突如、狂ったように聡と呼ばれた彼は暴れ、警察に取り押さえられそのまま逮捕。その時の事を覚えていないと彼は語るという。そんな聡の事を放すと二人はガチガチガチと震え抱き合う。


「私達も聡君みたいになるんじゃないかって……怖くて」

「お願いします! 助けてください! ここには凄い先生がいるって聞いたので!」


 凄い先生とは凛子と空汰のお母さんの事だろう。その凄い先生は今は留守だが、代わりにメリーさん。そして空汰の部屋には魔王様がいる。とはいえ、お母さんがいない今依頼は受けない。気休め程度、退魔のお札を渡して帰ってもらうのが関の山なのだけど……今は状況による。本日のオヤツであるドーナッツを食べて喉が渇いたのか魔王様が空汰と一緒に牛乳を飲みに降りてきた。

 そして男女の二人を見ると、


「ほぉ、こやつら呪われておるな」


 とさらっと言うので、二人はこの中で一番の大人(に見える)魔王様に懇願する。助けてください! と、そんな二人をメリーさんは不愉快な表情で見つめていると、魔王様の判断。


「くははは! 呪いを操るとはリッチーか何かであるな? 良い、その者に会いにゆこうではないか!」


 食事代と移動費などは大学生持ちで依頼を受ける事となった。今回は呪い、何気に凛子の家では一番相談に来る内容である。牛の刻参りのような民間呪術から、本格的にお金をもらって誰かを呪うような悪い術者も世の中には存在する。そんな連中への呪詛返しをお母さんが行っているのを見た事があるが、到底凛子にはできそうにない。でも魔王様の規格外の力なら呪いに対する対処方法も何かあるんだろう。

 大学生の二人がワンボックスカーを用意してくれたので、それに乗り、二人が行ったという廃墟を目指す。


「くははははは! このハンバーガーとやらはいつ食べてもうまいな空汰よ!」

「うん! 魔王様、このフッシュバーガーも美味しいよ! はい一口」

「くははは! うむ、美味い! では余のを一口やろう」

「空汰ぁ! 魔王様とあまりいちゃいちゃしないのぉ! ねぇ、魔王様ぁ、チキンナゲットもおいしゅうございますよぅ! はいあーん!」

「うむ! 美味い! メリーよ。このシェイクも中々である! 飲むと言い」

「ああん、魔王様と間接キスぅ」


 遠足気分でドライブスルーで購入したファストフードを食べる魔王様達、凛子もお言葉に甘えてポテトを食べながら、不安げな二人に凛子は伝えた。


「あの、魔王様がいるのできっとお二人も、逮捕されちゃったご友人も大丈夫だと思います。でも、遊び半分でこんな所には今後行かない方がいいと思います。お二人が思っている以上に怪異は近くに潜んでいますから」

「はい、もう二度とこんな事はしません」

「できればいなくなったみんなの事も……お願いします」


 到着したのは大きな屋敷だった、どうしてこの屋敷が廃墟として存在し今なお買い手がみつからなかったり、潰れないのか……それはメリーさんが説明してくれる。


「いい感じの狩場ね。ここにいる何か、相当な人間の魂を喰らってるわよ。工事で壊そうとしても力場で祟りでも起こして守ってるのよね。まぁ、それも今日まででしょうけど、で? 人間。案内しなさいよ。貴方達が無理やりこじ開けた部屋があるところまで」

「は、はい! こっちです」


 エントランスから入って二階。そして先に進むと、そこには広い部屋。その一部、彼らが壊したであろう箇所が見られる。そこを見て魔王様がシェイクを啜りながら。


「メリー、凛子と空汰。そしてそこの者達、二人を守ることを命じる」

「はい! 有りがたき幸せ。このメリー、命に代えてお守り致しますわぁ!」


 凛子は、一応二人の使役主は自分なんだけどなぁと苦笑するけど、守ってくれる二人にいちいちそんな事を言うのも野暮かと魔王様を見守る。凛子の手を握る空汰は怖がっている。ここは相当な危険スポットだ。凛子でも分かる。なのに、シェイクLを美味しそうに飲みながら呪いの発生部屋まで歩いていく魔王様を見ると安心できた。


「ふむ、中に人間が3人いる。弱っているが、生きているぞ」


 そう言って魔王様は手を遣わずに三人を運んでくる。大柄の男性二人、そして小柄の女性一人。彼らを見て大学生の二人は涙を流して名前を呼んだ。


「大竹、南。篠原さん!」

「良かったぁ。みんな良かったよぉ」


 再開の喜びも束の間、篠原と呼ばれた小柄な女性が起き上がる。焦点は合っていない。メリーさんは彼女を見て「あれ、取り憑かれてるわね。厄介よ」と忠告。凛子達を見ると襲い掛かろうとした虚ろな目で、そんな篠原の腕を掴む魔王様。


「くはは! この者の中にいる者よ。中々の暗黒。よい! 余の家来にしてやろう」

「お前はいらない! あっちいけ!」


 壁に吹き飛ばされる魔王様。背中からぶつかり、動かなくなった。そんな魔王様を一瞥すると篠原はゆっくりメリーさんの前にまでやってくる。


「お前もいらない」

「きゃああああ!」


 怪異であるメリーさんがなんらかの力で捻られている。苦しそうにしているメリーさんを横目にゆっくり、ゆっくりと篠原は近づいてきた。この状況もう守れるのは凛子しかいない。凛子はお札を取り出すと、


「空汰、二人を連れて逃げて。お姉ちゃんが時間を稼ぐから」

「やだよぉ。お姉ちゃん……」


 ボゥと凛子の持つ退魔のお札が燃えて無くなる。こんな物じゃどうしょうもできない程の力、凛子は退魔が無理ならと、


「貴方は誰? こんなところに閉じ込められて苦しかったんだよね? 寂しかったんだよね? もし、貴方が神様のところに行きたいというなら私協力するから、その人の身体の中から出てきて」


 供養するという方法で凛子は諭そうとしたが、篠原の身体に取り憑いた何かは焦点の合わない篠原の身体でケタケタケタと笑い始めた。


「やだぁよぉ。ようやく出てこれたのに、お友達をバラバラにしてたらママに閉じ込められてずーっとあのお部屋にいたけど、お外に出たら一杯バラバラにできるお人形がいるじゃない! あははははは! あははははは! やっと出れたぁ! お母さんはもういないから僕を閉じ込められない。あはははははは!」


 凛子は触れられて分かった。生前からこの家には悪魔がいた。あの部屋は悪魔を隔離しておく為の座敷牢だったのだ。虐待ではない、よその命をイタズラに奪わないように閉じ込めていたのだ。人間の怨霊は時として、その他怪異を凌駕する。

 メリーさんも無力化され、凛子では何もできない……


「バラバラになっちゃえ!」


 瓦礫の中からガラス片が集まってくるとそれを篠原に取り憑いた何かは躊躇なく放つ。凛子達に突き刺さる瞬間、ガラス片は皆地面に落ち四散した。


「なんでぇ! なんで、なんでぇ?」


 駄々を踏む篠原が見た先、魔王様がニコニコと笑顔でゆっくりと歩んでくる。それをにらみつける篠原に取り憑いた何かは標的を魔王様に変えて手を向ける。一瞬魔王様の動きが止まったが魔王様はゆっくり、ゆっくりと歩み寄る。


「念力とかいうものであるな。くははは!」

「……なんで? お前はなんだ」

「余は魔王である! くははは! 平服せよ!」


 魔王様と篠原に取り憑いた何かは見つめあうと、二人の間の空気が爆ぜた。魔王様は前髪がふわりと靡き、篠原の方は服が衝撃に耐えられずところどころ破れている。魔王様が手を伸ばすと、篠原は身構え何かをしたらしいが魔王様はそのまま篠原の腹部に手を突き刺した。その光景に凛子達は絶句するが、血は出ない。


「ん? このあたりか? うむ、これであるな! 出てくると良い!」


 魔王様は篠原に取り憑いた何かを無理やり引っ張り出したのである。それには凛子が一番驚いた。物理的な肉体を持つ魔王様が霊体を掴かめるという事。引っ張り出された霊体はくせ毛の男の子。目は淀んで魔王様をにらみつけている。空汰は目をそらす。見ていると気分が悪くなる。それほどまでによくない者。凛子はお母さんが書いた直筆のお札を持って落ち着こうとする。


「ふむ、心地よい暗黒に染まったゴーストであるな! くはは! 良い。余の家来になるか闇魔界に還るか選ぶと良い」

「お前なんかぐちゃぐちゃになって死んじゃえぇええ!」


 魔王様にこれでもかという程の呪いの力を送るそれに魔王様は笑顔のまま手を向ける。悪霊となった子供の霊。それは今、巨大すぎる大きな力の前に笑った。


「ひ、ひぃ!」


そして悪霊となった子供は元々封じられていた部屋に逃げ込む。すると、破壊された木と釘が部屋の扉を閉じ、元通りになった。悪霊が魔王様を見て逃げた。


「はやく! あの部屋の中にいるんでしょ! やっつけてよ!」


 大学生の女性の依頼者がそう言うが、魔王様は意識を失っている篠原を抱えると、笑顔で振り帰った。


「くははは! 余は弱虫には興味がなし、帰って食事にするぞ。凛子、空汰、メリーよ」


 魔王様の腕の中で目覚めた篠原圭は、取り憑かれていた間の記憶、そして魔王様に救ってもらった事に胸を高鳴らせて、笑顔の魔王様の顔をじっと見続けていた。


 念の為に凛子がこの呪いの屋敷の件の部屋の前にはお札を使った結界を貼る。また悪戯で壊されないとも思えないが、あの子供の悪霊も魔王様というさらに上位の何かを見たので反省しているかもしれない。今回を持ってこの件の依頼は完了となった。


 が、その後日……別の妖滅師によって子供の悪霊はその強力な霊力で強制的に成仏させられている事を魔王様達は知らない。

 何故なら依頼をした大学生の奢りで焼肉の食べ放題の最中だったからである。


「クハハハ! うまい! この壺カルビなる食べ物、気に入った! 凛子、空汰、メリーよ。食べるといい!」

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