圧倒

「者共、かかれいっ!」


 ハロネク公爵の号令に従い、悪魔神官たちが一斉に襲いかかってくる。

 その動きの、何と俊敏なことだろうか。

 武芸に疎いリーナであっても、これは、辺境伯領の騎士たちを上回るのではないかと思わされるほどだ。


 あるいは、これも邪悪な神の加護なのかもしれない。

 彼らが両手に持つメイスは、決して祭具の類ではなく、そのまま、破壊と殺生を目的とした武器なのである。


「ふんっ……」


 だが、これを迎え撃つエニク王子の顔は、実に涼やかなものであった。

 手にした剣を、自由自在に閃かせる。

 エニク王子が一人であるのに対し、悪魔神官たちは圧倒的な多勢であったが、繰り出されたメイスによる打撃は、そのことごとくが弾かれ、あるいはいなされた。


「今度は、こちらの番だ」


 そして、返しとして振るわれた刃は、全てが――一撃必殺。

 一振りにつき、悪魔神官の一人が、確実に切り倒されていくのだ。


「おっと――そうはいかんぞ」


 しかも、そうやって悪魔神官らを屠りながらも、リーナへ近寄ってきた敵の前には、瞬間移動じみた速さで移動し、これを迎え撃っていく。

 邪教徒の儀式場と化した広間内で、縦横無尽に暴れ回る様は、まるで――青い閃光。


 敵が弱いのではない。

 エニク王子が、強すぎるのだ。

 数において遥かに勝り、攻囲態勢を敷いていたはずの悪魔神官たちは、瞬く間に半数を討ち取られたのである。


「どうした?

 雪原の神殿でゴーハを守護していた神官たちは、もう少し手応えがあったぞ?」


 余裕綽々。

 剣を肩に担いだエニク王子が、挑発するように手招きの仕草をした。


「おん……のれえええええっ!」


 敵の長であるハロネク公爵が、額に青筋を浮かび上がらせる。


「カレルよ!」


 そして、隣に立つ自らの娘へ呼びかけたのであった。


「承知しました!」


 さすがは、親子といったところか。

 阿吽の呼吸で、ハロネクとカレルが両手を突き出す。

 同時に立ち込めるのは、濃密な――魔法の匂い!


「む!? いかん!」


 エニク王子が閃かせた剣閃は、リーナの目には一つと思えたが……。

 その実は、いくつもの斬撃を放っていたようであり、リーナを円卓に拘束していた鎖の全てが、バラバラに切り裂かれた。


「リーナ!」


 そのまま王子が、リーナを片手で抱き上げる。

 そして、自らの背で庇う構えを取ったのだ。

 次の瞬間……。

 世界を、閃光と爆音が満たした。


 リーナの視界は、真っ白な光に包まれ……。

 聴覚はその能力を失い、立っていられないほどに平衡感覚が乱れる。

 同時に、肌を焦がすのは猛烈な熱気であり……。

 エニク王子の分厚い胸板越しに感じられるのは、全身を金槌で殴りつけられるような衝撃であった。

 気を失わずに済んだのは、奇跡であるといってよいだろう。


「い、今のは……」


 たっぷり、百は数えられただろうか……。

 ようやく視覚と聴覚が正常さを取り戻してきて、口を開く自由も戻る。

 リーナの目が捉えられたのは、もうもうと周囲に立ち込める白煙であった。


「ハハハ……。

 ヒャーッハッハッハ!」


 煙の向こう側から、ハロネク公爵の哄笑が響き渡る。


「馬鹿め! 婚約者など見捨ててしまえばよかろうものを!

 我ら親子による全力の魔法を、まともに喰らいおったわ!」


 ――魔法!


 聞いたことがある……。

 攻撃魔法の最上位には、広範囲へ猛烈な爆発を引き起こす術があると。

 同時に、ローハイムの王宮魔術師にさえ、その使い手はいないと聞いていたが……。

 恐るべき悪魔神官親子は、それを使いこなしてみせたのだ。


 そして、同時に理解した。

 エニク王子は、自らが盾となることで、リーナの命を救ってくれたのである。

 だが、恐るべき魔法を二発も同時に喰らったのだ。

 これで、生きていられる人間など……。

 恐怖するリーナが次いで聞いたのは、カレルの声であった。


「ふ……ふふふ……。

 やはり、リーナ様は素晴らしいですわ!

 あの憎らしい第四王子に、致命的な隙を生み出してくれた!

 何と無力で、無価値で、役立たずなお嬢さんなのでしょう!」


 その言葉は、いかなる罵倒よりも効果的に乙女の胸を穿つ。

 そうだ。

 自分がいたから、王子は死んでしまったのだ。

 もし、守る者などなく単独で挑んでいたなら、いかに強大な魔法であろうとも、かわすなりしていたに違いない。

 その選択肢を、自分が奪ってしまった。


「く……う……」


 リーナの頬を、悔し涙が伝おうとしたが……。


「どうした、リーナ。

 何を泣く必要がある?」


 その涙は、そっとすくわれたのである。

 自分を、抱き締める男の手によってだ。

 周囲に立ち込める白煙が消え去り……。

 ついに、視界が晴れた。

 そうすると、穏やかな笑みを浮かべながら、自分を力強く抱く王子の姿が明らかとなったのである。


「な、何ぃ!?」


 ハロネク公爵が、驚愕に顔を歪めた。

 娘と共に放った今の魔法には、必殺の自信があったに違いない。

 しかし、その実、王子にはさほどの痛みも与えられていないのだ。


「礼を言うぞ、ハロネク。

 お前たち親子が張り切ってくれたおかげで、いちいち雑魚を片付ける手間がなくなった」


 エニク王子が言った通り……。

 周囲で焼け焦げ、倒れ伏しているのは、ハロネクの手下である悪魔神官たちである。

 仲間すら巻き込んで発動した魔法は、本命を倒すどころか、味方を失うだけで終わったのだ。


「そんな……。

 お父様と共に放った魔法が、効かなかったというの……?」


「効いたさ。

 ちょうど、慣れない王子仕事で肩が凝っていてな。

 それを解すのに、丁度良かったぞ。

 その方らを、褒めてつかわす」


「お、おのれええ……」


 エニク王子の挑発に、またもハロネクが呻いた。


「さて、どうする?

 せめてもの慈悲だ。

 自害するというのならば、見届けてやろう」


 リーナを後ろに逃がしながら、余裕たっぷりに王子が告げる。

 あの魔法をまともに受けた背中は、煤一つ付いておらず、隔絶した実力差を感じさせた。

 すでに、勝敗は決しているのだ。


「クックック……」


 何がおかしいのだろう?

 ハロネクが、肩を震わせ始める。


「ハーッハッハッハ!

 なるほど! 我らでは、逆立ちしても敵わないわけだ!」


 そのまま、おかしそうに……本当におかしそうに、笑った。


「カレルよ」


 不意に、ハロネクが笑みを消し去る。

 そして、懐から短剣を取り出した。


「はい」


 それは、娘の方も同じ……。

 悪魔神官親子の顔から、一切の感情が消え失せる。

 一体、何をしようとしているのか……。

 ただならぬ雰囲気に、エニク王子が身構えた。


「こうなれば、我ら親子の命を捧げ、神の降臨を願う他にあるまい」


「承知しております。

 わたくしたちの魂では、破壊神様には届かないことでしょう。

 ですが、その眷属たる悪霊神の一柱にならば、きっと……」


 ハロネクとカレルが、そう言ってうなずき合う。

 そして、次の瞬間には、自分たちの首へ刃を突き立てたのだ。

 悪魔神官親子の首から、おびただしい量の血が溢れ……。

 両者とも、どうと倒れ伏す。


「自分たちを生け贄に……?」


 明らかに――即死。

 リーナは、倒れたままぴくぴくと震える二人を見て、凄惨さに口元を覆った。


「そうだ。

 そして、どうやら、こやつらの願いは悪霊たる神へ届いたらしい」


 油断なく剣を構えたエニク王子が、そう答える。

 そうだ。戦闘はまだ終わっていない。

 邪教のともがらが一掃されたはずの広間内には、リーナが感じたこともないほどの圧迫感と、禍々しさとが満ちつつあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る