魔界統一を果たした魔王様が異世界も支配しようと現代に転移して来た結果、週7でパチンコ屋に通う立派なパチンカスになっちまったんだが

森ノ中梟

プロローグ 魔王様、魔王に飽きる

 未だかつて、それを成し遂げた者は誰も存在しなかった。

 龍王と呼ばれ空を支配し畏怖の象徴になった者や、戦王と呼ばれあらゆる戦いに勝つとまで言われた者たちですら、それを成すことは出来なかったのだ。


 魔界に住む多種多様な種族の誰もが不可能と信じて疑わなかった、広大な魔界の統一。だが遂にその魔界統一を達成し、星の数ほども存在する様々な王の頂点に君臨する、魔界の王──魔王の称号を手にした者が現れた。


 絶大な魔力を駆使し、傍若無人とも呼べる戦いを見せつけ、ひたすらに強者を叩きのめした。今は魔王と呼ばれている彼女からしてみたら、自分の好きなように戦い、面白そうな奴を見つけては遊んでいたつもりだったのだが、気づいたら魔界統一という偉業にまでなっていたのだ。そして魔王となった彼女に逆らう者は誰もいなくなり、まさに絶対の権力を持つ存在になっていた。

 だがそれは別に魔界を統一し、魔王となることが目的ではなかった彼女からしてみれば、非常に退屈であった。最初はそれも新鮮で面白そうだなと思っていたがすぐに飽きてしまい、それからは作業のように毎日を過ごしていた。

 そしていい加減、その退屈な日々に魔王はうんざりしていて──



 ◇



「総員、整列! 魔王様がお見えになる! 隊列に少しのズレも作るんじゃないぞ!」


 煌びやかな装飾が施されたその場所は、魔王が住む城の中──魔王が執務を行っている部屋に通じる廊下だ。その両脇にはこれからこの道を通り、執務室へ向かう魔王を出迎えるため、大勢の部下が並んでいた。まるで測ったかのように一定の間隔で並んで、魔王を出迎える準備をしている部下たちの種族は様々だ。魔界統一を果たし、種族に優劣をつけるなどということは撤廃し、自分の気に入った者たちを直属の部下として迎え入れていた。当然それを良く思う者もいれば逆もいる。しかし、異議を唱えることのできる者など存在しなかった。


 一糸乱れぬ整列を作り、しんと静まり返った廊下にこつ、こつ、と足音が響いた。出迎える部下たちの緊張の眼差しを一身に受けながら、凛とした佇まいで歩くのは一人の女性だ。その姿は人間にしか見えないが、歴とした魔族である。

 人間としての基準で見れば、長身と言える彼女は金髪をウルフカットにしており、燃えるような赤い瞳は自分の歩く道をしっかりと見据えている。黒を基調したドレスを身に纏い、艶めかしいと表現できるその体つきは見る者を見惚れさせるには充分なものだ。

 そして隠し切れないほど溢れ出る魔力は、彼女を魔王たらしめる所以と知らしめていた。そんな彼女の傍らにいるのは、補佐役として魔王に帯同している秘書である。その秘書もまた魔族であり、彼女もまた姿だけ見れば人間の女性と遜色が無い。


「アリス様、もし宜しければ彼らに何か一言を。彼らの励みにもなります故」


 アリス──それが魔王である彼女の名だ。耳元でそっと囁いた秘書の言葉を聞き、アリスは「そうだな」と短く呟けば、廊下の両脇に整列している部下たちに一瞥を向けた。


「諸君、出迎えご苦労。引き続き、業務に当たってくれ」

 

 威厳を感じさせるその言葉を受けた部下たちは、「はっ!」と勢いよく返事をした。アリスは小さく頷くと、執務室へと続く扉を秘書に開けさせ、そのまま室内へと秘書と共に入って行った。

 アリスの出迎えを終えた部下たちは緊張が解けたのか、ふう……と深く息を吐いた。それも当然だ、アリスの機嫌を損ねたらどうなるか分かったモノではない。


「緊張した……俺、魔王様をあんな近くで見たの初めてだよ。とんでもねえ魔力だな──見ているだけで押し潰されそうだったぜ」

「そりゃそうだ。魔界各地に存在する数多の実力者を倒して、初めて魔界統一を果たした方なんだからな。俺たち何か文字通り、息をすれば吹き飛ぶような存在さ」

「おー、怖え。……でも、俺たちみたいな低級種族って言われている奴らも、差別することなく部下にしてくれてるもんな。それに噂で聞いているほど、狂暴じゃないって言うか……」

「魔王って言う地位に着いて、落ち着いたんじゃねえの? ほれ、無駄話してる場合じゃねえぞ。まずは城の掃除からだ」


 そんな会話をしていた獣人の二人は、ちらりとアリスと秘書が入って行った執務室の扉に視線をやった後、非常に広い城の掃除へと取り掛かっていった。



「アリス様、本日の業務です。まずはこの後、魔人族の長との会談があります。その会談を終えた後に、第三都市へと移動。都市部の開発の視察が主になるでしょう。視察後は、そのまま会食に参加。会食の場にはドワーフが制作した貴金属の食器も使用されるため、その使い心地にも触れて頂ければ。会食後は一度城へと戻りまして、近年における税率及びそれに対する──」


 シンプルながらも座り心地の良さそうな椅子に腰かけているアリスの横で、黒いスーツ姿の秘書が淀みない口調で、今日の流れをアリスに説明していく。タイトスカートが似合う彼女は黒髪を肩口で切り揃えており、細いフレームの眼鏡をかけている。如何にも秘書といった姿である。

 そんな秘書にアリスは「あのさあ、ソフィア」と、声をかけた。その口調はぶっきらぼうで、先ほどのような威厳は感じられない。

 

「ちょっと言いたいことがあるんだけど、いいか?」

「何なりと、アリス様」


 そんなアリスを目の前にしても、秘書であるソフィアの様子は変わらない。アリスの言葉を待つのみである。「じゃあ、言うけどさあ」とアリスは一拍挟み、心底うんざりしたような溜息を吐いた後に、こう言った。


「もう魔王飽きました。何なのこれ、毎日毎日同じようなことばっかしてるじゃん」

「それは魔界統一を果たした、アリス様の責務と言いますか。現在の魔界の支配者はアリス様ですから、この魔界をより発展させて頂かなければ」

「え? 何? そこまで面倒見なきゃいけないの? 後は勝手に宜しくどうぞ、って訳にはいかないの? すげえダルいんだけど」


 ずるずると椅子に深く座るアリス。ドレスのスカートが捲り上がり、肉感的な太腿が露になるがそんなことはまったく気にする様子は無い。傍らに立つソフィアの視線が露骨にその太腿に向けられているが、アリスは気づいてはいないようだ。その証拠に、アリスの口からどんどん愚痴が零れていく。


「いや、ほら。魔王になるまでは楽しかったよ? 各地の骨のある奴らとドンパチかましてさ。苦戦したことも何度かあったし、タイマン張った連中の中には、マジで強いなこいつと思った奴もいたし。でもそんな奴ら相手にも、勝った訳じゃん。もう無我夢中よ、そりゃ負けたくないからね。それに、何なら内ゲバもあったじゃん? 私の首を狙っていた部下もいてさ、割と危機一髪だったよね、あん時は。そんな激動の日々を過ごしていたら、気づけば戦う相手がいなくなってさ、魔界統一して魔王になっていた訳よ」

「存じております。流石はアリス様です」

「そうだよ、流石は私なんだよ。だけどさあ、今のこの状況は何? 魔王になってからは、毎日仕事仕事じゃん。いい加減ストレスでハゲそうなんだけど。いや、ハゲねーけどな。フサフサだっつーの」

「流石ですアリス様」


 アリスの垂れ流される愚痴に対し、ソフィアは適当極まる相槌を打った。そのソフィアの顔は傾いていて、捲り上がったアリスのスカートの中を見ようと必死になっている。


「まあ結局は、私が強すぎたって結論に落ち着くんだけど」

「はい、アリス様は魔王ですから」

「その通り。しかし、よしんば私が魔王じゃなかったとしたら?」

「アリス様が魔王です」


 そんなどこに向かっているのかも分からない会話にも飽きたのか、アリスは椅子に座り直して「あーあ」と天井を見上げた。あと一歩の所でアリスが姿勢を直したため、ソフィアは悔しそうな表情を見せながら、傾けていた顔を戻した。

 今日もまた退屈な一日が始まるのかと諦めかけていたアリスだったが、何かを思いついたのか、はっと目を見開く。そのアリスの様子に訝し気に、ソフィアは眉根を寄せた。


「アリス様、どうしましたか?」

「──そうだ、異世界に行こう」

「……はい?」


 まるで旅行に行くノリでそう口にしたアリスはソフィアの疑問塗れの瞳を覗き込み、楽し気に笑みを浮かべて見せた。その赤い瞳は楽しさからか、より輝いている。


「魔界を統一したなら、今度は別の世界を統一すりゃいーじゃん! 多少の暇つぶしにはなると思うし……よっしゃ、じゃあ早速準備すっか!」

「アリス様、それは困ります。今日も業務が山積みで──」

「んなもん知るか、ケルベロスにでも食わせとけ」

「ケルベロスは最近太り気味で、この前の健康診断で引っかかってからはダイエットに取り組んでいます、アリス様」

「あれ? そうだったっけ。……ま、いいや。ちょっと異世界に行って、暇つぶしに支配するだけだしな」


 そう言い放つアリスを止められる存在など、魔界には存在しない。厄介なことに、アリスこそが魔王なのだから。


「異世界に行くとは仰いますが、いくらアリス様でも転移先の世界まで決めることはできませんよ? 観測されている異世界は多くあります。意思の疎通すら取れないことも考えられるかと……」

「そうなったらそうなったで、こっちも問答無用で行けるじゃねーの。心配しすぎなんだよ、ソフィアは」


 けらけらと笑うアリス。ソフィアは久しぶりにこんな風に笑うアリスを見た。確かに魔界統一をしてからというもの、魔界を平定させるためにアリスはひたすら業務に追われていた。魔王になるまでは、彼女はこんな感じで毎日楽しく笑っていたことをソフィアは思い出したのだった。

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